親密化計画
この日はまた席替えがあった。私は一番前の席になった。そして、彼女と鈴木がまた隣だった。一番後ろの席だった。「またか」と思った。もう諦めていた。知らん振りをした。
「先生―、黒板見えないんで一番前行ってもいいですかー?」
机に突っ伏していると、鈴木の声でこんなことを言っているのが聞こえた。ん?鈴木って目悪かったっけ?何て思って起き上がる。
「雨宮のとこがいいですー」
「そうかー、雨宮大丈夫そうか?」
「…あ、はい。大丈夫ですけど…」
「じゃあ二人は交換でー」
先生にこう言われた時、このことを他人事の様に私は思っていた。終始、心ここに在らずという感じでぼんやりとしていた。呆けた顔でロボットの様に机を移動させる。
「鈴木―、いつそんな目悪くなったんだー」
あちこちから野次が飛ぶ。
「ちょっとスマホ見過ぎたー」
そう言う鈴木は何だか白々しかった。言葉が宙を舞って、捉えどころが無かった。何故鈴木は席を交換したのだろう。鈴木は私の彼女への気持ちを知っているが、そのためだろうか。しかし、今まで鈴木が私の好意を理由に行動したことは一度も無かった。事実、鈴木はそういう恋愛の類に滅法弱いのだった。だから、こんな配慮は気恥ずかしくてできないはずである。何か別の理由が?それとも目が悪くなったのは本当なのだろうか。そう考えているうちに彼女の隣に着いた。
「よろしくっ」
小声で彼女は言う。何か特別なことを言われている様な感覚がする。今の彼女の言葉は私のために発され、私だけが聞き取れたのだ。そう思うと、尊さを覚えた。
「よろしくねー」
悦楽を抑えながら、奇異の無い様に言う。ふと彼女の顔を見る。何やら嬉しそうな気色である。気の所為かもしれない。
「何か嬉しそうだね」
私を見透かした様に彼女は言った。
「…嬉しそう?…そりゃあ、一番後ろになれたからね」
そうではなかった。また嘘を吐いた。
「だよねー」
「…えっ何?」
「何でも~笑」
彼女は時々不可解だ。そしてそういう時、いつも彼女は真顔。
それから夏休みまでの日々は、言葉で表すと腐ってしまうほどの、この世界のどんな楽しいことも打ち負かしてしまう様な、人生のハイライトであった。彼女が笑えば私も笑い、私が笑えば彼女が笑った。出会った頃と同じ様に、休み時間も授業中も放課後も、時間を忘れて話をした。他愛の無いことから、少し踏み込んだことから、そこに境界は無かった。全てが平等な価値を持って、過ぎ去っていった。
鈴木たちは何故か私たちの会話に入ってこなくなった。思えばいつも彼女と二人だった。朝、「おはよう」と言う。昼、「一緒にお昼食べよう!」と言う。放課後、「また明日ね」と言う。それを毎日繰り返した。いつかの様にぎこちなさが滲むことは無かった。夏祭りなんか無くても、夏休みに予定を合わせて私たちは会いそうであった。何故かそんな自信が私の中に生じる様になった。しかし実際、彼女は私が会おうと誘ったら、快諾してくれそうな雰囲気を孕んでいた。彼女の目は、顔は、姿は今までと明らかに違っていた。
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