浴衣と彼女

 「ねえさあ、この四人で一緒に今度夏祭り行かね?」

 翌日朝、例によって四人で話している時に鈴木が言った。瞬間、私は当惑した。思考が「鈴木はいいのか?」と思った。しかし私にとっては良いことに違いなかった。そしてこんなに都合良く物事は進んで行くのだろうかと思った。何かに申し訳なさを覚えた。ただ、そんなことを気に掛けている場合では無かった。実際、私は殆ど間を置かず、

 「是非行こう!」

 と言った。言った瞬間、仕舞ったと思った。がっつき過ぎたか?しかしこれは杞憂に終わった。

 「行こ行こ~!」

 伊藤さんが如何にも邪気の無さそうな声で言った。そして「春も行こ!」と続けた。幾秒か経って、

 「うん」

 と彼女は言った。

 この瞬間、奇妙な浮遊感が私を支配した。生れて初めての感覚だった。それはまるで夢の中かと錯覚する様な、ただひたすらに美しい感触だった。改めて彼女の存在を強く、感じた。上の空だった。

 「じゃあ決まり!」

 そう言うと、鈴木は集合時間とか場所は後々伝えるとか何とか口をついて廊下へ行ってしまった。乾いた足音が耳に残った。鈴木が行って何秒か後、伊藤さんも「トイレ行ってくる」と言って、その場を後にした。

 彼女と二人。教室の喧騒が何とかこの場の空気を治めていた。私には周りの物音が彼女に吸い込まれている様に感じた。

 「倉橋さんは浴衣とか着てくるの?」

 困ってしまってこんなことを訊いてしまう。こんなの浴衣姿に期待しているのが明らかではないか。途端、恥ずかしくなる。しかし、彼女は私の思い何て意に介さず、

 「ん~、どうしよっかな~笑」

 などと漏らす。どこか楽しそうであった。

 「雨宮は、着てきて欲しい?笑」

 「えっ?」

 「私の浴衣、見たい?」

 勿論、見たかった。制服以外の彼女を私はまだ見たことが無かった。思い浮かべる。夏祭りの仄かな灯りと彼女、花火に照らされる浴衣、横顔。今までにない彼女は、多分想像しても足りないだろう。私の経験からはとても計り知れない、可憐さ可愛さ美しさ。それを手に入れられると思うと、何だか自分が自分で無くなる様な感じがした。

 私の返答は思いもよらぬものだった。

 「まあ、どっちでも~」

 違う。私ははっきりと君の浴衣姿を望みたいと思っている。まだ見たことは無いが、きっとこの世界で一番浴衣が似合うのは君だと思っている。今まで見たもの感じたもの総てを凌駕するのは君だと思っている。違うんだよ、倉橋さん。私の言葉を真に受けないで。私は嘘吐きです。世紀の大噓吐きです。この間まで自分の気持ちにまで嘘を吐いていた、生粋の詐欺師です。しかし、それでいて自分の思い通りになって欲しいと思っているのです。おかしいと思うでしょう。いや思って欲しい。君には、君にだけは詰まらない何て思って欲しくない。どうか面白くあって欲しい、おかしくあって欲しい。そう思うのは変でしょうか。

 私の答えを聞いた彼女は、「そっか~笑」と言って、意味ありげな笑みを浮かべ、席へ戻っていった。教室の喧騒のボリュームが上がった様に感じた。漸く、冷静な思考を取り戻した。その刹那、そうだ彼女は私の気持ちを知っているのだと思い出した。

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