片隅
その日は学級活動の時間に、席替えがあった。また窓際になった。しかし、今度は彼女がいない。隣には彼女の友人。
「またお前かー」
斜め後ろから声がする。鈴木だった。何の感情も孕んでいない顔をしていた。海の方を見ていた。静かだった。薄暗い教室がやけに蒸し暑かった。
席替えの後は進路を決定するにあたっての、調べ事の時間になった。先生は職員室へ行ってしまった。教室は暫く静かだった。シャーペンの音、椅子が軋む音、制服が擦れる音。そんな優しい音で満ちていた。誰も口を開かない、というか開けずにいる。どこか寂しい様な、もどかしい様な雰囲気が漂っていた。
そんな状況を壊したのは鈴木だった。
「どんな感じー?」
あっけらかんと言う。教室にゆるりと声が流れる。
「…え?ああ、こんなもん」
密やかに私は言った。大して進んでいないプリントを見せる。すると鈴木は「へー」とか「ふーん」とか意味の無い感嘆を漏らしながら、最後に「やっぱ優秀だな」と言って椅子に腰掛けた。
「まあね」
自賛は嫌いだったが、自然、こんな言葉が出た。鈴木の言葉にはいつも妙に真実味があって、的を射ている様な感じがした。何というか、一言一言に力が溢れているのだった。
「さっき倉橋と何話してたの?笑」
また心臓が高鳴る。私は急に振り向いてしまう。刹那、周りを見回す。いつの間にか、教室には喧騒。ふと安心する。
「別に何も話してないよ…」
「本当に?」
鈴木はまるで真実を知っているかの様に言う。
「本当」
「嘘だ~、内緒話してたくせに」
「…伊藤さんは関係ないでしょ」
「関係あるよ~」
「何の?」
「だって私、春の友達だし」
「そうだ~、関係あるぞ~」
「鈴木は静かに」
この時の私は終始、誤魔化すことに徹した。ただの世間話をしただけだということ、耳元で喋っていたのは、教室がうるさかったからということ。兎に角、当たり障りの無いことばかり言った。そして何とか話題を逸らそうと、二人の意識を別のものに向けさせようとした。「伊藤さんって倉橋さんとどんくらい仲良いの?」とか言ったり「鈴木のも見せてよ」とか言ってプリントを奪ったりした。これが結果的に功を奏したのかは分からないが、徐々に三人の会話は世間話になっていった。雨模様の天気、次の授業のこと、進路のこと、夏休みの予定など、捉えどころも無い会話が流れていった。三人の笑い声は教室中に渡った。多分、彼女にも聞こえているだろう。それが何だか嬉しかった。
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