束の間の晴れ

 この日から、伊藤さんは私の中で大きな存在となっていった。朝来た時に挨拶を交わし、そのまま何気ないことを口に出しては、笑い合った。そこに鈴木と、稀に彼女も加わって、四人で話をすることもあった。そしてその度に、彼女と鈴木との距離を感じ取っては、鈴木があの告白を受けたのか否か考えた。以前と変わらないと感じるところもあれば、以前より距離が縮まったと感じるところもあって悩ましかった。二人の言葉の意味を余計に考えてしまって、返答が遅れることもしばしばあった。

 推理に何の発展も無いまま、一週間ほど過ぎたある日。この日は久し振りに晴れて、外で体育をやっていた。その休憩時間のこと、私は校庭端の水飲み場まで行って木陰で少し涼んでいた。そこへ伊藤さんがやってきた。「よお」とか何とか言って私の隣に座る。そしていつもの通り、二三言葉を交わした後、急に顔を近づけて、

 「春、振られたらしいよ」

 などと言ってきた。

 「え?」

 呆けた口ぶりで私は言う。

 「鈴木に」

 「…まじ?」

 「うん」

 「…えー…まじかー、そっかー…」

 「…これ絶対、内緒ね。雨宮、口硬いでしょ?」

 伊藤さんは一層声を小さくしてこんなことを言った。

 「まあ、言うなと言われたら言わない」

 そうしたら、伊藤さんは「よし」と言いながら立ち上がって「そろそろ休憩終わるよ、行こ」と、こっちを振り向きもしないで行ってしまった。ぽつねんと取り残された私。伊藤さんの言葉を何回も心の中で反芻する。「春、振られたらしいよ」何度も頭で反響し、余韻が残る。暫く座ったまま考えた。彼女が振られた?鈴木に?何故?鈴木にとってはメリットしかないはず。だってあの彼女だ。学校中の注目を浴びる彼女だ。そして何より私が…!

 鈴木はどういうつもりなのだろう。断るのが恰好良いと思っているのだろうか。それで学校の頂点に立った気でいるのだろうか。彼女を利用して?彼女の好意は道具だった?そんなわけない。鈴木はそういう人間ではない。確かに、彼は恋愛には疎いし、他人の気持ちを考えている素振りは余り見せない。いつも他人事の様な装いであっけらかんとしている。でも彼が、鈴木が誰かを陥れて自分の地位を獲得する様な打算的な人間には到底見えない。鈴木は事実、いつも優しかった。いつも私を見てくれていた。いつだって彼は、何も見ていない振りして、何もかも見ていたんだ。

 体育が終わって教室へ入った途端、雨が降り出した。

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