夢と不可解

 翌日も雨であった。しかし昨日ほどの勢いは無く、萎れた様になっていた。水溜りに小さな波紋が、次々浮かんでは消えていった。雨音が囁く、朝の静かな時間。暫く布団の中で、夢と現を行ったり来たりした。途切れ途切れにノイズがかった映像が見え隠れする。どこか知らない場所。住宅街?兎に角、人通りは無く閑静であった。ここはどこだろう、そう思った時、聞き慣れた警報音が聞こえる。踏切だ。私は音のする方にゆるりと向かう。すると、幅5mくらいの路に丁寧に踏切が掛かっていて、そしてその向こう側に鈴木がいた。何か言葉を発している様で、口をゆっくり動かしていた。何て言っているんだ。そう目を凝らした時、列車が通り過ぎる。と同時にそれに伴う風が周囲の木々を揺らす。藤の花びらが舞い落ちる。風がいっとう強くなる。辺りが紫色に染まっていく。地面に落ちた花びらが風に煽られてまた宙を舞う。列車が紫色の中を通り過ぎていく。最後の車両が見え、視界から列車がいなくなる。途端に静寂に包まれる。見ると、鈴木はいなくなっていた。そして頬には涙。


 目が覚めると泣いていた。如何して?不安な気持ちそのままに階段を下りる。妹はいなかった。リビングはもぬけの殻であった。テレビと雨音だけが虚ろに鳴っていた。テーブルには完全に冷え切ったトースト。これはもしかすると、と思って時計を見る。時刻は9時。始業時間をとうに過ぎていた。

 それからの私は速かった。一分もしない内に全ての支度を済ませ、玄関に出た。雨何ぞ関係無い。小降りの中を私は疾走した。傘何て差さなかった。何度も大きめの水溜りに踏み込んでは、足を濡らした。そしてまた全身ずぶ濡れになって、駅に着く。いつもより一時間遅くの駅は空いていた。電車の到着まで余裕があったため、小説を読もうとリュックを漁る。すると意外にもリュックの中身はそれ程濡れていなかった。あんなに雨の中を走ったのに、教科書等は無事であった。辛うじて四隅が濡れているくらいであった。しかし、小説だけがびしょ濡れになっていた。まるで周りの水分を吸収した様にそれは水浸しであった。「何で…」そう思った時、丁度電車が来た。案の定空いていた。

 最寄り駅までの十数分は車窓からの景色を見て過ごした。何個か踏切を通り過ぎて、灰色の海が見え始めた。そして間も無く、最寄りに着いた。

 雨は殆ど上がっていた。水平線の付近は、もう既に青空が覗いていた。私は走って校門前の階段を上がる。半分ほど上がった時、ついに日差しが目を突く。あちらこちらの水溜りが光る。疎らな雨粒の軌跡が私の視界を煌びやかに彩る。雨を見て初めて綺麗だと思った。


 昇降口には人影が無かった。まだ授業中らしかった。しかしだからといって物音立てずに静かにする私ではなく、廊下には足音が響いた。教室は校舎の一番北側にあった。教室に近づくほど、廊下は一層暗がりを増した。雨音はもう殆どしていなかった。

 私のクラスは古典の授業中であった。万葉集をやっていた。私は後ろのドアからそろそろと教室へ入る。何人かが気づいて振り返る。その中には彼女もいて、早速、目が合ってしまう。心臓が飛び上がる。罪悪感に駆られる。仕舞ったと思う。

 しかし、最初に目を逸らしたのは彼女の方であった。

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