雨の放課後
「この雨だから下校の際は気を付けるように」との言葉で十分間のHRは終わった。私はまた彼女を見た。いつも通りの柔らかい笑顔。近くの鈴木も目に入る。いつも彼女と楽しそうな笑顔を浮かべている彼は、一方で浮かない顔をしていた。きまりが悪そうであった。平生しない様な深刻そうな考え事をしている様にも見えた。気の所為と言えばそれまでである。ただ普段から、人のそういう変化に疎い私が、こうはっきりと異変があると認めたのだから、そこには確かに明瞭な奇異があったと言える。いつもはこんなことをする私では無かったが、この日ばかりはもう殆ど無意識に、鈴木の元へ向かい、「何かあったの?」と問うた。それに対して鈴木は「何でも無い」と淡白に答えるだけであった。今までであれば、私は「そっか」とか何とか言ってそのまま切り上げていた、と思う。しかし、この日の私は変に疑心暗鬼であった。その後も「本当に?」とか「いや絶対何かあったでしょ」とか様々に話し掛けた。鈴木はその度に低く唸るだけで、いつまでも話は平行線を辿った。もう殆ど会話は成り立っていなかった。私もこの時点で諦めるべきだったのかもしれない。十分少々、このやり取りを続けた後、私が聞いたのは、鈴木が絞り出した様に言った「告白された」という言葉だった。私は一瞬何のことだか分からなかった。コクハク?それは何?と呆けたことを思っていると、刹那、彼女の顔が思い浮かぶ。どこか遠くから帰ってきた彼女。そしてその後から姿を現した鈴木。ん?あ、だめだ。心臓が高鳴る。違う違う違う違う…。また二人が手を繋いでいる。え?これは夢?それとも現実?何がなんだか分からなくなる。
「告白って何を?」
分かり切ったことを訊いてしまう。鈴木は俯きながら、
「好きって言われた」
と言う。
「だ、誰に?」
間髪入れずに私は問う。もう殆ど絶望していた。藁にでも縋る気持ちだった。
「……倉橋」
と言われた。
その瞬間、灰色の海の底に溺れていく様な感覚がした。目に見える世界総てが、輪郭を失い朦朧とした。私以外の何もかもが私に害意を持っているかの様だった。それは余りに残酷で、悪夢のワンシーンだった。雨が一層強くなった。
「お前は何て言ったの?」
「何って?」
「好きって言ったの?お前も」
「いや、保留しといた」
口元に笑みを浮かべながら言った。彼は凶悪犯罪者に見えた。この時ほど鈴木の笑顔が憎しみを生んだことは無かった。悪鬼羅刹とは彼のことを言うのだ。
「保留ってどういうことだし」
「保留は保留だな」
「好きじゃないってこと?」
「いやそういう訳でも無いかな」
「じゃあ好きやん」
「いやでもそれとも違うんだよ」
「何なん」
「だから保留って訳」
如何にもそれが世界の真理みたいに鈴木は言う。その毅然とした態度がやけに鼻についた。
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