私とS

 五限は英語表現、六限は物理、七限は現代文だった。全部別の教室で行われるので、移動が大変だった。業間の休憩時間がほとんど移動で埋まった。現代文では純文学をやった。これもまた恋愛ものであった。主人公とその友人が同じ女の人を好きになって、どちらがその人を手に入れるか、という所を主として語られた。何か自分のことを言われているようで、少し恥ずかしかった。見透かされている様であった。いや、何でも無い。鈴木が彼女のことを好きなはずがないのだ。というか鈴木は、何となく恋愛には興味が無い様な雰囲気を孕んでいた。この数か月でクラスの多くの恋愛事情を聞いてきたものだが、そこに鈴木が絡むことは今まで一度も無かった。だから多分鈴木の好きな人は誰も知らない、かそもそもいない。

 あれ?どうして私は鈴木のことを?彼女と鈴木。彼女と鈴木。彼女と鈴木…。繰り返し思い出す。また手を繋いでいる彼女らが想起される。笑顔を向け合っている。私は自然、俯く。如何してこんなにリアルなんだ。少し苛立って、ノートの文字を乱雑に消す。瞬間、手が滑って消しゴムが転がっていく。角の丸まった私の消しゴムはまるで目的地を持っているように動いて、そうして彼女の椅子の下で止まる。

 「あ」

 思わず声が漏れる。

 薄暗い雨の教室。椅子の陰で消しゴムは蹲っている。誰もそれに気付いている様子は無い。彼女は、また真っ直ぐ前を見て澄ました顔をしている。私はまるで時限爆弾を仕掛けた犯人の様な気持ちで授業が終わるのを待った。

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