ある気付き

 そうして三週間が経った頃、また席替えがあった。彼女とは離れた。席が離れた私たちは驚くほど会話をしなくなった。たまに彼女が私の寝癖を笑ったり、再び彼女の後ろの席になった鈴木と話している時に、彼女が参加してきたりするだけだった。私は遠くから、海を眺める様に彼女を見ていた。時々、鈴木と楽しそうに話をする彼女の声が聞こえてくることがあって、最初は喜んで会話に参加しに行ったものだったが、いつしかそれをしてしまった。何だか気恥ずかしくなってきたのである。彼女らと私の席はほぼ教室の対角線上にあって離れていたし、何より二人がこの上なく楽しそうに話をしているので、それの邪魔になってはいけないと思い始めたのである。それに彼女と話していると、自分が自分でいられなくなる様な感触がした。明らかに彼女と話す時、意味の無い沈黙が多くなった。言葉を慎重に慎重に選んで話さなければいけない感じがした。この異変が心地悪くて、徐々に私は遠慮がちになってしまった。彼女の話声が聞こえても、笑い声が聞こえても、何も考えないようにした。二人がまた笑顔を向け合っている。何も無い、何でも無い。クラスメイトなのだから、笑い合うこともあるだろう。今、手が触れなかったか?気の所為?そもそも距離が近い。いや、何のことは無い。何でも無い。クラスメイトなのだから。そう思うようにした。

 気付くと、殆ど一日中彼女のことを見ていた。彼女はいつも笑っていた。特に鈴木と喋っている時、沢山笑っていた、様に見えた。まるで彼女らは特別な関係にあると錯覚するほどに楽しそうであった。妙な胸騒ぎがした。特別な関係?特別な関係って何だ。そう考えた刹那、彼女にも好きな人がいるかもしれない、と思った。彼女の好きな人なんて考えたこともなかった。途端にどこからか焦燥感が興った。自分はもしかすると危機的状況にあるかもしれないと悟った。不意に鈴木と彼女が手を繋いで歩いているシーンが想起される。これには不思議な説得力があった。また彼女の笑い声が聞こえる。今度は今までの様に何でも無いと流せる私ではなかった。心臓の鼓動が明確な高まりを以て、私の気持ちを確認させた。再び彼女のことを見る。その瞬間、彼女と目が合う。時間が止まった様な感じがする。私は耐えられなくて、直ぐに目を逸らす。胸が締め付けられる思いがする。心拍数が飛び上がる。

 程なくして私は、ああ彼女のことが好きなのかもしれない、と漠然と感じ、同時に非常な逼迫ひっぱく感を覚えた。その時、遠くで雷が鳴った。この日が梅雨入りだった。

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