いただいた四通の恋文には秘密がありました
uribou
第1話
貴族学校の教室にて。
四通の手紙を机の上に並べて、親友のアイナと相談です。
「アイナはどう思う?」
「とっても素敵ですわあ」
何かクネクネしていますよ。
淑女らしくないので、人の目がある時はやらない方がいいと思いますが。
けれどアイナは可愛いですからね。
もっと見ていたい気持ちもあります。
ホンワカしますね。
「今日で四通目ですか。今までの三通のお手紙にも、お返事は書いていないのでしたよね?」
「ええ。返事と言われても誰にすればいいのかわかりませんし」
恋文なのです。
最近毎朝、登校すると机においてあるのです。
可憐なアイナならわかりますけど、何故私が?
無愛想だと自覚しているくらいなのですけれど。
でも『クロエ嬢へ』と私の宛名になっているので間違いないでしょうし。
「内容はどうです? 進展はないのです?」
「特には……あっ?」
「クロエ、どうしたの?」
「私に会いたいと書いてあるのです。今日の放課後、『告白の大樹』の下で」
「きゃあ、ロマンチック!」
またクネクネ始めましたよ。
アイナの腰が細いのはクネクネのおかげなのでしょうか?
ちょっと羨ましいです。
『告白の大樹』とは、貴族学校の裏庭にある大きな木です。
この大樹の下で異性に告白すると、成功率が高いという噂があります。
殿方と付き合えると考えるほど幼くはないですけれども、名物スポットにはなっているのですね。
「クロエが愛の虜になってしまうの?」
「なりません」
「今日のお手紙にはどんなことが書いてあったのかしら? 会いたいということ以外では」
「お料理とかスイーツについてですね」
「あら、いいじゃない。多趣味な方ね」
貴族同士のお付き合いは互いの家の関わりがありますから、自分では勝手に決められない、というのが古くからの価値観でした。
が、最近特に貴族学校在学中は恋愛を推奨する向きもあります。
交友や人脈の形成は、ひいては王国の文化や経済を発展させるという考えからです。
わかりますけど、私は社交が苦手ですし。
父様が決めてくださった相手に嫁ぐ、でいいのになあとも思います。
またこの手紙をくださる方の人物像が掴めない、というのも困りものです。
一通目から乗馬、球技、読書、料理が話題にされていて。
アイナの言う通り多趣味なのかもしれませんけど、手紙のたびに視点が違うように思えるのです。
手紙は匿名です。
ただ毎回署名が『君を愛する者』になっているので、まさか全て違う人ということはないと思います。
活字のクセを見る限り、同じタイプライターを使用していますし。
……いえ、同一人物ではないことを筆跡で悟られないために、あえて同じタイプライターを使っている?
その可能性の方が高いように思えてきました。
色々考えられますが……。
どうすべきでしょう?
「会ってみるのでしょう?」
「……興味がないといえばウソになりますね。でも怖いです」
会ってみるのもドキドキしますが、相手の人物像が見えないのも気後れさせますね。
私のような引っ込み思案の人間には向いてないイベントのような。
「大丈夫です! わたしも一緒について行きますから!」
「アイナも?」
「見逃せないイベントです! 特等席で見たいです!」
思わず苦笑です。
アイナらしいです。
でも親友のアイナがいてくれるのなら心強いですね。
私もどんな方が手紙をくださったのか、とても気になりますから。
アイナがニコニコしながら言います。
「大丈夫よ。クロエは腹さえ決まれば大胆ですからね」
「そうかしら?」
「うふふ、放課後が楽しみだわ」
◇
――――――――――ルロイ・マッキノン男爵令息視点。
クロエ・イーシュ男爵令嬢は目立たないタイプの女性だ。
僕も最初は注目していなかった。
ところがわかりやすく明るく可愛いアイナ・ワトキンス男爵令嬢といつも一緒にいることから、そのコントラストというか。
クロエ嬢のよさがわかってきたんだ。
地味だけど整った目鼻立ち。
奇麗な姿勢。
落ち着いた所作。
クロエ嬢は淑女だ。
僕がクロエ嬢を密かに観察していると、同じような級友が複数いることに気付いた。
それがウォルト・ライマー、サイモン・ヨーク、レオ・ジマーマンの三人だ。
奇しくも僕を含めて四人とも男爵家の跡取りというところが共通している。
性格は違うけど似た境遇ということだ。
また遠くからクロエ嬢を愛でる者として、僕らはすぐに打ち解けあう仲になった。
『思い切って恋文を出してみようと思うんだ』
言い出したのは内気な戦略家サイモンだった。
サイモンが言い出すからには思惑がある?
『いいね。私も出そうかな』
『ウォルトはそう言うと思ったけど』
乗馬が趣味のウォルトは爽やかでモテる。
でも意外とせっかちで、結果を欲しがるところがあるから。
『ううん、クロエ嬢は直接的なアプローチを嫌がりそうではあるけど……』
『物事が進展しない内に、クロエ嬢が嫌なやつのものになってしまったりすることが、オレは耐えられない。一生自分自身を許せないかもしれない』
思わず頷いてしまった。
サイモンってこんなに熱いやつだったんだな。
対照的にのん気者のレオが問う。
『サイモンにはうまい方法があっちゃうの?』
『うまい方法と言えるかは君達の判断に委ねたい。一つ言っておきたいのは、オレは君達ならクロエ嬢と付き合っても許せる』
『おお、サイモンがそんなに男前とは知らなかっちゃう』
相変わらずレオの不思議な語尾には気が抜ける。
が、本当にサイモンの考え方って男前だよな。
いつもそういう部分を出していればいいのに。
ところでサイモンの考えた方法とは?
『一人が恋文を出している体で、四人で出すんだ』
『『『えっ?』』』
どういうこと?
『四日に分けて一人一通ずつ手紙を出すんだ』
『つまり、署名を統一してタイプで打てば、四人だとバレないだろうってことか?』
『そうだ。そして最後に『告白の大樹』に呼び出す。実は四人だということを明かし、気に入った一人と付き合ってくれないかと提案する』
『なるほど、四択を迫るわけか。サイモンは策士だな。私は賛成だ』
『全員お断りだってありそうだが』
『いや、私は全員お断りの可能性は低いと思う』
えっ?
随分とウォルトが乗り気だな。
考えがあるのか?
『私達の誰が選ばれても、クロエ嬢にとっていい条件だと思わないか? 何故ならクロエ嬢を気に入っていることが明らかなのだから。私はクロエ嬢が現実的な選択をしないとは思わない』
これまた納得の意見だな。
家格も合っているし、全員が男爵家嫡男ということもある。
いずれ嫁入り先を探さねばならないクロエ嬢にとって悪い話ではない。
『やってみる価値はあっちゃう』
『よし、僕も賛成で』
『ならば誰から手紙を出すか、ジャンケンで決めようか。恨みっこなしだぞ』
ウォルト、サイモン、僕、レオの順番で手紙を出すことに決まった。
今日が四日目の放課後だ。
『告白の大樹』で待っていると……。
「……来た」
「アイナ嬢と二人でか。予想通りだな」
「緊張しっちゃう」
僕もドキドキだ。
僕がクロエ嬢アイナ嬢に声をかける。
本来は首謀者サイモンの役なんだろうが、サイモンはシャイだから。
「クロエ嬢、よく来てくれた」
「あの、お手紙をいただいたのです。『告白の大樹』の下へ来てくれと。あなた方が?」
「そう、僕達四人がクロエ嬢に恋文を出した」
意外でもなさそうだ。
四人からの手紙と予想していたかな?
まあ内容がバラバラだろうから。
チラッとウォルトに視線をやる。
心得たようにウォルトが頷き、僕の言葉を継ぐ。
「私達四人はクロエ嬢に恋していてね」
「すごおおおおい! ねえクロエ。四人と付き合っちゃうの?」
えっ?
アイナ嬢の思考は突飛だな。
皆目が点になってるぞ?
「そんなことはありません」
「もったいなあい!」
「ではアイナもどなたかと付き合っていただけるよう、頼めばよろしいではありませんか」
「そうね!」
あれっ?
クロエ嬢がダメでもセカンドチャンスありの展開になったぞ?
クロエ嬢とタイプは真逆だけど、アイナ嬢も魅力的だから嬉しいな。
でも僕は……。
「クロエはどなたをお相手とするか決まったの?」
「はい、三通目の手紙、読書が趣味と書いてあった方に……」
「僕だ!」
「ルロイ様でしたか。よろしくお願いいたします」
「よろしく!」
やった、クロエ嬢に選ばれた!
天にも上る気持ちだ!
控えめな笑顔が可愛らしい!
「わたしはサイモン様がいいです!」
「……えっ?」
アイナ嬢が即座にサイモンの名を挙げた。
こらサイモン!
挙動不審になるな!
しかしアイナ嬢がサイモンを選ぶとは意外だ。
僕らはサイモンができるやつだって知ってるけど、女性を前にするとサイモンはからっきしだもんな?
「サイモン様は情熱を秘めている感じがするのですよ。」
アイナ嬢鋭い!
サイモンはいいやつだよ。
「ウォルト様とレオ様は誰がいいとかありませんか?」
えっ?
クロエ嬢ったら、ウォルトとレオにも彼女を紹介してくれるの?
「やっぱり女の子同士の集まりになると、彼氏が欲しいねって話になるんですよ」
「人脈の形成に交友は欠かせません。いい機会ですから、私達が可能な限り努力し、仲立ちさせていただきます」
女の子すごっ!
貪欲!
「では私は、メアリー・ディック嬢がいいな。どうだろうか?」
ウォルトはメアリー嬢か。
もの静かな令嬢だが、一方で勝気な印象もある。
「あっ、メアリー様はウォルト様格好いいって言ってましたよ? 多分大丈夫です!」
「私もメアリー様なら問題なく了承が得られると思います」
「レオ様はどうですか?」
「ええと、ニコラ・ターナー嬢がよかっちゃう」
令嬢の前くらいその喋り方やめろ。
しかしニコラ嬢か。
のほほんホンワカとした令嬢だ。
レオには合ってそう。
「スイーツについての熱い手紙をくださったのはレオ様でしたでしょうか?」
「うん」
「ニコラ様もスイーツに関しては一家言ある方なんですよ」
「レオ様にピッタリですわ!」
な、何か楽しいことになってきたぞ?
「では失礼いたします。吉報をお待ちください」
◇
――――――――――後日、二人きりのお茶会にて。クロエ視点。
とんとん拍子に話は進み、私は正式にルロイ様の婚約者になりました。
ルロイ様は思慮深い方です。
ルロイ様の側にいると、とても落ち着きます。
「一つ聞きたいことがあるんだ」
「何でしょう?」
「『告白の大樹』の時の話なんだけれども」
ああ、やはりルロイ様も不自然と感じましたか。
白状してしまいましょう。
「クロエは確かに本好きのようだけれど、だからって読書について書かれた手紙の主を選んだというわけではないのだろう?」
「御明察です。四人が手紙をくださったとわかった時、三通目の手紙がルロイ様だろうと、見当はつけておりました」
「だよね。ウォルトの乗馬は有名だし、レオの手紙のふんわりした内容はお察しだし」
「サイモン様は凝り性のイメージでしたね」
「わかってて僕を選んでくれたんだ?」
「……はい」
面と向かって言われると恥ずかしいですね。
「嬉しいなあ。どうしてだろう?」
もちろん趣味が合いそう、性格が合いそうということもあったのですが。
「手紙に将来のことを書いていてくださったのは、ルロイ様だけでしたから」
恋愛を楽しめ、という最近の風潮はわかります。
でも私には馴染まないような気がするのです。
その中でルロイ様だけは婚約からもっと先のことまで、手紙の内容に含んでいたのです。
信頼できると思いました。
「そうだったのか。重い内容なのかなと思ったんだけど、伝わってよかったよ」
「はい、ありがとうございます」
「四人からの手紙というのは最初からわかってたの?」
「いえ。別々の人が書いたみたいに思えるけどまさか、と考えておりました。『告白の大樹』の下に四人がお待ちだったのを見て、ああ、そういうことだったかと初めて合点しました」
「サイモンとアイナ嬢はともかく、ウォルトとレオにまで令嬢を紹介してくれて」
「現在は交遊が求められていますし、ルロイ様が御友人方と気まずくなっても申し訳ないですからね」
アイナがやる気満々なのを察しましたから。
多分サイモン様と恋人同士になれて嬉しくて、テンションが上がっていたのだと思います。
アイナはとてもパワーがあります。
背中を押される気がするんです。
「色々腑に落ちた。ありがとう」
「いえ、こちらこそアクションを起こしてくださってありがとうございます」
最初の一歩を踏み出すことの何と勇気がいることか。
物事は動き出してからは早いですからね。
「元々はサイモンの案だったんだ」
「サイモン様の? 意外ですね」
「彼は内気ではあるけど、やるやつなんだよ」
知らないことはあるものです。
そういえばアイナもサイモン様の面白いところを話してくれます。
やはり交友は重要ですね。
「今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくね」
ルロイ様の笑顔は優しいですねえ。
ぬるいハーブティーの心地良さとマッチします。
心の中でもう一度復唱します。
今後ともよろしくお願いいたします、と。
いただいた四通の恋文には秘密がありました uribou @asobigokoro
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