第3話 七不思議バスターズ(1/2)
「ねえねえ知ってる? 七不思議の噂」
「聞いた聞いた。人体模型の話でしょ? 隣のクラスの友達もこの間見ちゃったとかで怖がっててさ……」
一ヶ月ほど前から、R高校では奇妙な噂話で持ち切りになっていた。
どんな噂かというと、学校の七不思議の一つである『動く人体模型』に関するものだった。
七不思議。
学校と名のつくところになら大抵ある七つの怪談話である。
有名な例を挙げれば、トイレの花子さんだとか、下りと上りで段数が変わる階段だとか、独りでに鳴り出す音楽室のピアノだとか、そういった類の話だ。
そしてR高校にも七不思議と呼ばれる怪談話は存在しており、その中の一つに『動く人体模型』と呼ばれるものがあった。
保健室に展示されている人体模型は深夜になると独りでに動き出し、人間を求めて廊下を徘徊している。
人体模型に見付かった人間はどこまでも追いかけられ、もし捕まったら保健室に連れ込まれて身体の半分の皮を剥がされてしまう……。
まあ、よくある内容の怪談である。
ところが、その動く人体模型を実際に目撃したという人間がここ一ヶ月で何人も現れていた。
証言者は部活で帰りが遅くなった学生や、翌日の授業の準備のために深夜まで残業していた教師などだった。
皆真剣な様子で冗談を言っているようには見えず、七不思議の噂のように身体の皮を剥がされた人間はいなかったものの、何人かは実際に追い掛けられたりもしたらしい。
これは何者かによる悪質なイタズラなのか。
それとも、まさか本当に七不思議の怪奇現象が起きているのか。
R高校はある種の異様な雰囲気に包まれていた。
ホームルームでは担任の教師が生徒たちに早めに帰るようにと毎日忠告するようになり、教員会議では、生徒たちが不安がるから保健室の人体模型を一時的に倉庫に移動させるべきではないか、というような議題が真面目に話し合われるまでになっていた。
七不思議の人体模型の噂が、誰も彼もの関心の中心になっていたのである。
そして、R高校に通う学生の一人である西岡京香の耳にもその噂は届いていた。
ただ、京香はその噂にはあまり興味を抱いていなかった。
生物研究部の部長という超常現象とは真逆の立場だったからというのもあったが、京香は元々そういったオカルトめいたことは信じていなかった。
信頼できる目撃者が何人もいるのなら何かが現れたことは確かなのだろうが、本当に人体模型が動いたり走ったりしたとは思えない。
七不思議を装った誰かの悪質なイタズラだろう。
それが京香の推測だった。
犯人の目的は知らないが、どうせその内飽きるか捕まるかして収まるはずだ。
とりあえずそれまでは先生の忠告通り早めに帰るようにしておけば問題ないだろう。
そんな風に、他人事として考えていたのである。
※ ※ ※
だが、残念なことにその噂話は他人事では無かったらしい。
「………」
放課後。
京香は生物室に入ると同時に、口をポカンと開けたままその場に固まった。
先に部屋にいた少年が不思議そうな顔をして声を掛ける。
「どうしたの京香。そんなところに突っ立って」
声を掛けてきたこの少年の名前は孝作といった。
一見すると京香と同じ学生のようだが、実際は京香が作ったホムンクルスである。
物作りに異様なほどに関心を持ち、定期的に奇想天外な発明品を生み出しては騒動を巻き起こす。
京香一人しかいない生物研究部が廃部を免れている理由であり、同時に悩みの原因でもあった。
そして、京香の目にはさらなる悩みの火種になりそうなものが映っていた。
「……それ、なに?」
京香が震える手で指差したのは孝作の横に立っていた物体だった。
孝作と同じ背丈くらいの、人間型のロボットである。
といって、この程度のものならこれまでにも作っているから今更驚くようなことでもない。
ただ問題だったのはその見た目だった。
どうやら今回のロボットは様々な家電から取ってきたパーツを組み合わせて作ったらしく、かなりゴテゴテした見た目をしていた。
そして狙ったのか偶然なのかは知らないが色合いもちぐはぐで、身体の右半分と左半分とで違う色になっていた。
そう。右半身と左半身で二色に分かれているのである。
パッと見の印象では人体模型に見えなくもない。
「これのこと? これはちょっと前から作ってたんだ。とりあえず一通り完成してあとは最終調整だけだから京香に見せようと思ったんだけど、なにか不味かったのかな」
孝作はロボットの頭をポンポン叩きながら、真っ青な顔の京香を不思議そうに眺めた。
「……今、学校で怪談騒ぎが起きてるの知ってる? 深夜に人体模型が走ってるっていう」
「そういえばそんなこと聞いたな。まあ幽霊なんているわけないし、きっと見間違いか何かだと思うけど。それがどうかした?」
京香は頭を抱えた。
多分……いや、ほぼ間違いないだろう。
七不思議の騒ぎの犯人はこのロボットだ。
いっそのこと、本当に幽霊でもいてくれたら良かったのに……。
「どうかしたの?」
孝作が怪訝な顔をする。
京香は少し考えてから真剣な表情で言った。
「悪いんだけど、それ作るの中止。今すぐ解体してちょうだい」
「どうして?」
「みんなの迷惑になっているからよ。ただでさえ日頃から騒ぎを起こして肩身の狭い思いをしてるのに、さらに周囲から目の敵にされるようになったら今度こそ廃部になりかねないわ」
いつもなら自分たちの部室が吹き飛ぶだけだから良い(?)のだが、今回は部外に被害者が出てしまっている。
それを考えると正直気が重いが、今の段階ならまだどうにか穏便に事を収めることができるかもしれない。
そのためにはまずこれ以上騒動が大きくならないようにしなければならない。
「廃部になるのは困るな。じゃあ仕方ないか」
孝作は今一つ理解していなさそうな反応だったが、とりあえず納得してくれたようだった。
棚から工具箱を取って来ると、手慣れた様子でロボットの解体に取り掛かる。
京香はそれを見てとりあえず安心すると、ペンと紙を手に机に向かった。
今回の件に関してどう謝罪をするかの文言を考えるためだ。
だが、それから間もなくのことだった。。
ガギン、と不意に音がした。
「あ」
孝作が呟く。
京香は物凄く嫌な予感がした。
ついこの間、似たような展開を見た覚えがある。
「なに、今の音」
「パーツを外す順番を間違えた。不味いな、これじゃ暴走するかも」
言うが早いかロボットの耳鼻口から蒸気が噴き出した。
孝作がロボットを止めようとしがみ付くが、ロボットはそのまま凄い勢いで走り出した。
生物室の扉をぶち破り、そのまま廊下へ飛び出して行く。
「わー」
気の抜けた悲鳴を上げる孝作をマントのようにはためかせながら、ロボットは曲がり角の向こうへと消えていった。
京香は呆気に取られてしばし立ち尽くしていたが、やがて我に返ると慌てて後を追いかけた。
その後、ロボットは校舎内のありとあらゆる場所を猛スピードで走り回った。
恐らく学校に残っていた人間には一人残らず目撃されてしまったことだろう。
そして、最後にロボットはグラウンドのど真ん中で孝作もろとも大爆発を起こし、そこそこ大きなクレーターを残してバラバラになった。
「はぁ、これはもう穏便な解決なんて無理ね……」
空に噴き上がった小さなキノコ雲を見上げながら京香は死んだ目で呟いた。
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