第2話 お月見パラドクス(2/2)

 京香は目を丸くした。


「お団子はどこへ行ったの?」


「実験が成功なら未来へ飛んだはずだよ。ちょうど三年後、この部屋に出現するはずだ」


「へえ……」


 京香はレンジを覗き込んだ。


 中には団子の残骸らしきものは何も残っていない。

 今の光で破裂や焼失をしたわけでもないようだった。


 煙のように、いや煙すら残さず消えている。

 まるで最初から存在しなかったかのようだ。


 もしかするとこれは本当にタイムマシンで、あの団子は本当に未来へ行ったのかもしれない。


 京香はこの結果を見て思った以上に興奮している自分に気付いた。

 孝作ほどではないが、京香だってこういう実験は大好きなのだ。


 ただ、孝作の方はどこか不満げな顔をしていた。


「どうしたの? タイムマシン、期待通りに動いたんでしょ?」


「そうなんだけど……考えてみたら、未来に飛ばしたんじゃ本当に成功したのか確認できないんだね」


 確かに今の状況では団子が未来へ行ったのか、それとも単に消滅しただけなのか判断が付かない。

 仮に消滅させただけだとしてもそれはそれで凄いはずだが、今の実験はタイムマシンの動作確認なのだ。

 時間を超えた確証が欲しいという気持ちは理解できる。


 孝作はレンジの裏側に回り、筐体を外して内部を弄り始めた。


「何をするの?」


「やり方を変えようと思う。設定を変更して、今度は三十分前、過去の時間の皿の上に団子を送るようにしてみるよ。それなら成功か失敗か一目で分かるだろうし」


「過去に送る? するとつまり……皿の上のお団子の数は実験後に十三個になるってことで良いのかしら」


「多分ね」


 現在、皿の上の団子は全部で十三個。

 ここから実験のために一個取ると、皿の残りは一個減った十二個になる。


 だが取った団子を過去の皿の上に飛ばせたら、皿の団子は一個増えるから元の十三個に戻る。


 少々頭がこんがらがるが、恐らくそうなるはずだ。


「じゃあやってみるか」


 孝作は団子を一個取ってレンジに入れた。

 これで皿の団子は十二個。


「これでレンジを起動した瞬間に皿の団子が十三個に変わったらタイムマシンがちゃんと機能した証になるのね」


「うん」


 孝作は頷きながらボタンを押した。

 レンジ内がフラッシュし団子が消失する。


 そして皿の上の団子の数はというと――十三個。

 実験は見事に成功していた。


 だが、京香と孝作はそれを見て何故か怪訝な表情をした。

 それから顔を見合わせ、奇妙な事を言い始める。


「ねえ、皿のお団子、十三個のままなんだけど」


「おかしいな。十四個になるはずなのに」


「じゃあさっきも今回も、レンジの中のお団子は消滅しただけだったって事?」


「いや、理論は合っているはずなんだけど……もう一回やってみよう」


「そうね。今は十三個だから、実験後も十三個になればいいのよね」


 京香はしきりに首を傾げ、孝作は再び皿から団子を取ってレンジ内へ入れる。

 皿の団子は一個減って十二個。

 そしてレンジ起動。発光。


 レンジ内の団子が消失し、同時に皿の団子が一個増えて十三個。

 今回の実験も間違いなく成功だった。


 しかし二人の顔は晴れない。


「やっぱり十四個にならないわね」


「変だな。何か間違ってたのか……?」


 実験結果は何もおかしくなかった。

 おかしくなっていたのは、むしろ二人の認識の方だった。


 二人ともレンジのボタンを押す直前までは『皿の団子は十二個』と認識していた。

 しかしボタンを押して団子が過去に送られた瞬間、ある変化が生じた。


 大袈裟な言い方をすれば歴史が変わってしまったのだ。


 具体的には、過去の時間軸の団子が一つ増えたことで、『皿の団子は十二個』という事実が『皿の団子は十三個』という風に書き換えられてしまった。


 そして過去の事実が――つまり歴史が変わった結果、二人の記憶もまた『皿の団子は十三個』に変わってしまったのである。


 記憶の中の団子の数が十三個であれば、実験結果はそれに一個を足した十四個にならなければならない。

 つまり十三個では実験失敗、という認識になってしまったのだ。


 実験成功にも関わらず、成功したが故にその事実に気付けない。

 そんな奇妙な状況に陥ってしまったのである。




 その後も実験を繰り返したが、団子を過去に飛ばす度に自分たちの記憶が変わるため、何度やっても成功に辿り着けない。

 やがて孝作は頭をかきながらレンジを覗き込んだ。


「どうしてだろう。根本的に何か間違ってるのかな」


「残念だけどそうかもしれないわね。やはりタイムマシンとなるとあなたでも少し難しかったんじゃない?」


「自信あったんだけどなあ……」


 孝作はタイムマシン開発を中断した。

 試作機であるレンジとススキも解体ののち廃棄した。

 狭い部屋なので使わない物をいつまでも置いておけないのだ。


 その後、孝作の興味が別の対象に移ったため改良機が作られる事はなく、今回の発明の存在は記憶の彼方に忘れ去られてしまったのだった。

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