第2話 お月見パラドクス(1/2)
放課後、西岡京香が生物研究部の部室に入ると、机の上に見知らぬ電子レンジが置いてあった。
どうも電子レンジは台座として使われているようで、レンジの上には白玉団子がピラミッド状に積まれた平たい皿が置いてあり、その両脇には細長い花瓶が立っていた。
花瓶は空のようだが、これにススキでも挿さっていれば十五夜のお月見セットといった感じである。
「でも今日って別に十五夜では無いわよね。というかそもそもまだ夜じゃないし」
京香はカレンダーを見て首を傾げる。
部室を使っているのは京香と孝作くらいだからこれを用意したのは恐らく孝作だろう。
しかし……と京香は思った。
孝作は今まで季節の行事に興味を示したことなど無かったはずだった。
十五夜という存在自体知っているか怪しい。
これは一体何なのだろう。
見たところ積まれているのは普通の団子のようだけど……。
京香がまじまじと団子のピラミッドを見ていると、部室の扉が開いて孝作が入ってきた。
手にはススキが数本入った袋をぶら下げている。
「京香、どうかしたの?」
「このお団子あなたが用意したの?」
「うん。ちょっと実験に使おうと思って」
「実験?」
「タイムマシンが期待通りに動くか確かめたくてね」
答えながら孝作は花瓶にススキを挿し込んだ。
するとレンジがピーっとアラームを鳴らす。
京香は目を丸くした。
「タイムマシンって……この電子レンジがタイムマシンなの?」
「ああ。丁度良いアンテナが見つからなくて苦労したけれどこれで完成のはずだ」
アンテナというのは今挿したススキらしい。
何をどうすればアンテナになるのかは分からないが、孝作の作った物が理解不能なのは今に始まった話ではない。
物理法則など無視した物を平然と生み出してしまうのが、京香が作ったこのホムンクルス――孝作だからだ。
「てっきりお月見でもするのかと思ったけど違ったのね」
「お月見って何だい?」
やはり孝作はお月見という概念自体知らなかったようだ。
京香は簡単に説明してやったが孝作の反応は薄かった。
何故こうなったのか分からないが、孝作は発明以外のことには全くと言っていいほど関心を示さないのである。
京香は肩をすくめると話を戻した。
「それにしてもタイムマシンって、あなたそんな物まで作れたの?」
考作が常識外れな物を作り出してきた実績は京香が一番よく知っていた。
それでもタイムマシンとなればさすがに懐疑的になってしまう。
しかし、孝作はレンジを覗き込みながら自信ありげに言う。
「実際に作れてるかどうかは今からテストして確かめるよ。こいつは試作機で、上手くいったら人間でも入れる大型のを作るつもりなんだ」
京香もあらためてレンジを観察した。
レンジは至って普通のレンジにしか見えなかった。
ターンテーブル式で操作もシンプルなタイプのものだ。
レンジの上には前述の通り団子のピラミッドとススキの挿さった花瓶が置いてある。
ピラミッドは三段構成で、一番下が九個、二段目が四個、一番上が一個。
つまり団子は合わせて十四個。
団子は普通の白玉団子に見える。
ススキをアンテナとか言っていたが、この団子はどういう役割なのだろう。
そんなことを考えていると、孝作が一番上の団子を一つ摘まみ上げた。
京香は目を丸くした。
「え? それタイムマシンの部品でしょ? 取っちゃっていいの?」
すると孝作は不思議そうな顔をする。
「何を言っているんだい? これは実験サンプルに使うためのただの団子だよ。こんなものが部品になるわけないだろ?」
「………」
ススキは部品だが、団子はサンプル。
違いが全くわからない。
しかしまあ説明を受けたところで自分には理解できないだろう。
京香はそう思ったので、頭の中の疑問についてはそういうものなのだと素直に飲み込んだ。
孝作のほうはレンジを開けて持っていた団子を中へ放り投げた。
ターンテーブルの中央に団子が一個ちょこんと乗っている。
京香は尋ねた。
「これをどうするの?」
「このタイムマシンはレンジの中の物を指定した時間軸に送るという仕組みになっているんだ。これからこの団子には実際に別の時間へ飛んでもらおうと思う」
孝作はそう言うとレンジの開始ボタンを押した。
するとレンジ内が突然カメラのフラッシュのように強く発光した。
反射的に京香は目を閉じる。
そして恐る恐る目を開くと、レンジの中の団子は跡形もなく消え失せていた。
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