第3話 火鉢
祖母の家には火鉢が二つあった。
陶器製で大きな物だった。
ひとつは台所兼居間。
もうひとつは隣の六畳間。
暖房はガスのストーブも一台あったけれど
殆ど殆ど使わなかった。
学校から帰ると、祖母が待っててくれた。
「寒かったかね?
まあまあ、ほっぺたが真っ赤だがね。
手も冷たいなぁ。おつかれさん。」
そう言うと祖母は両手でほっぺや手を
さすってくれた。
ただ学校へ行っただけである。それでもおつかれさんと掛け声をしてくれるのは親では出来ない事だと振り返り思う。
そして火鉢のそばの座布団に座らせくれた。
赤赤と燃える炭。パチパチと音がする。
時々、火がはぜる。
両手をかざしてあったまる。
あったかい、、。
祖母はお盆に熱いお茶とおやつを持ってきてくれる。
どこかのパン屋さんから無料で貰えるパンの耳を油で揚げて砂糖がまぶしてある。
それをほおばりながらお茶を飲む。
祖母は片時も手を休める事が無い。
夕餉の支度のサヤエンドウのスジを取ったりしながら、私の話を聞いてくれる。
じっと祖母の手先を見ていると手品のよう。
「やるかね?
こっちをもってな。ゆっくりすーとな。」
私の手をもって教えてくれる。
上手くスジが取れなくて、途中でちぎれてしまう。
何だか、悪い気がしてしょんぼり。
「いいが、いいが。腹に入れば同じだわ。
気にせんでいい。
もっとやってみや。」
上手くスジが取れると褒めてくれる。
「えらい、えらい。
きれいにとれとるよ。これからはやってもらおうなぁ。」
ニコニコして褒めてくれたっけ。
火鉢の火も大切にしていたから、いつもやかんや鍋が置いてあった。
ゆっくり煮炊き物をしたりするのには
いいらしかった。
やかんのしゅんしゅんと湯気を立てる音や鍋の蓋がカタカタする音。
ラジオから祖母の好きな浪曲が流れてる。
祖母は炭火使いの名人だったと思う。
弱火をもたせるのは、周りの灰のかけ具合にあるようだ。
「炭は強く燃えささんでもええでね。
いらん時はこうやって小さな火でええでな。」
そう言って、火箸を器用に使って炭の位置を変えたり灰の中に沈ませたりしていた。
その所作の手際の良さと言うのはどれだけ見ていても飽きがこなかった。
寝る時間が来ると、やかんのお湯は湯たんぽに入れてくれた。
ネルの手作りの巾着袋にアルミの並々の小判形の湯たんぽを作る。
祖母は私に湯たんぽを渡すと、早速布団の足元へとペロリと掛け布団をめくって置く。
それは私の役目。
「さあ、炭を寝かせよかねぇ。」
炭はこの瞬間に向かって、少しずつ火力を落としてきたのだった。
あとは灰の中に埋めるのだ。
大人になって炭の扱いには注意がいることや
簡単に火力の調整が出来やしない事を体験した。
よくまあ、一酸化炭素中毒も起こさなかったなぁと感心する。
こうして、火鉢を扱える人はいなくなっていくんだなと思うと残念な気がする。
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