第2話 煮干しと鰹節

まず、寝る前にお鍋に水をたっぷりと張る。


祖母は煮干しを取り出して、頭と腹を取る。

この時に必ず言う呪文。

「ええか?

煮干しの頭と腹は苦くて、えぐいもんでな。

こうして取るんだよ。

あ、そんなにとったらいかんよ。

勿体ないから、こうやって、きりきりの所をとるんだよ。」


そう言って、ふたりで煮干しの支度をする時の

何ともいいがたい甘い時間は私を幸せにした。


さて、明治生まれの祖母は戦争体験もあったしでとにかく始末を常にした。

その時代の人で食べ物を粗末にする人は余程の

お金持ちくらいだと思う。


当然、煮干しの頭やはらわたも捨てない。

当時、祖母の唯一の楽しみ、鈴虫の餌になっていた。


朝になると煮干し入りの鍋はゴトクの上で

温めてられている。

祖母は濡れたふきんで包んでいた鰹節を

私に渡す。こうして置くと硬い鰹節も子供の手でも削りやすいからだ。


私もさっそく、長方形の木箱を取り出して

鉋の刃みたいなところに鰹節を当てる。

「手を飾らんように気をつけてな。」


かっかっっかっ。

木の蓋を開けて、祖母に見せる。

「もう、少しけずるか。」の時もあれば

「うん、これでいいな。」の時もある。


こうして削った鰹節は沸騰した煮干し入りの鍋に突入される。

ぷーんと鰹のいいにおいが台所兼茶の間に充満する。


出汁をとったら鰹節だけは取るけど、煮干しは

入ってた。

この鰹節も鈴虫の餌。


新潟生まれなんだけど、赤味噌。

「どうにも赤だしは好きにはなれんけど

仕方ないわ。新潟の白味噌が懐かしいなぁ。」

とぶつぶつ言いながら、豆腐と油揚げなんかを

入れて味噌を溶く。


私も神戸は白味噌だったから、この赤味噌には

慣れるのに時間がかかった。

生まれた時の食べ物の記憶は遺伝子に刷り込まれているのだろうか。

全く、不思議である。


こうして出来上がった味噌汁は人工的な味はいっさいしなかった。

あの時はこれが当たり前だと思っていたけれど

かなりの手間暇かけた一品だっと思う。





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