第6話 あゝ体育祭
雲ひとつない空。英語で「it's crispy」らしい。
何が言いたいかと言うと絶好の体育祭日和だと言うことだ。
そんなことを言えるのは体育祭大好き運動部か熱血体育教師くらいなものだ。
普段から室内組は太陽で溶けて無くなりそうになる。
昨日のうちに教室から持ち出した椅子に座りへたり込む僕を他所目に淡路さんは姿勢を伸ばしキリッとした顔つきで前を見ている。
同じ文芸部だとは到底思えない。
「淡路さん元気だね」
少しに気なった。今日はいつものノートがない。もしかしたら声が聞けるのではと淡い期待を寄せながら声をかけた。
「(そんなことない、熱い)」
ポケットから取り出した小さいメモ帳にスラスラとそう書き連ねた。
期待はすぐさま裏切られる結果になったがなぜかホッとした。
高校の体育祭ということで保護者一同とは言えないものの流石に三年生分の保護者となるとある程度の賑わいを見せる。
そう言えば淡路さんの保護者は来てるのだろうか。
淡路さんは謎多き人物であり、身内もなぞばかりだ。
「淡路さん両親とかきてる?」
気になった疑問を素直にぶつけてみた。
少し考える間をとって
「(きてない)」
と書かれた。
「これかr」
「これより第126回 体育祭を始めます。」
体育委員の唐突な号令にかき消され質問はここまでになった。
「生徒一同起立」
テントの中で太陽から隠れていた僕らを引き摺り出す号令がかかる。
生徒の行進が始まる。
最初の演目だ。
学生の行進は側からはどう見えてるのだろうか。
僕は悪目立ちをしたくない一心で歩幅を合わせている。そんな人も少なくないのでないかと思う。日本人ならではの感覚なのか協調性と同調圧力の境い目に苦しみながら進む行進を見て果たして楽しいのだろうか。
「全体、、、止まれ」
「校長先生より開会の宣言をいただきます。」
校長先生の話は長いと相場は決まっているがうちの学校はそんなことはない。
簡潔で手短な挨拶を済ませた校長はすぐさま降壇する。
6月頭とは言えこの猛暑で生徒を立ちっぱなしにさせるのもという保護者への配慮を感じつつ感謝する。
席に戻りうなだれる。
運動神経普通、前に出たがらない僕が出場する演目はクラス競技の綱引きと1人1競技という枷のせいで余物を押し付けられた借り物競走の二つである。
体育祭は始まって仕舞えばあっという間で、各学年ごとの競争だったりクラス対抗の玉入れだったり高校生にもなると一つの戦いに迫力があって面白い。
全部全力。成長するにつれて出来なくなることだと最近感じる。負けたら恥ずかしい、傷つく、いろんな要因が絡み合って本気で何かをすることに抵抗感があった。
しかし、この前のテスト勉強で本気で取り組み乗り越えた時の楽しさ、出来なかった時の悔しさは何事にも代え難いものがあった。多分これを経験できるのは今のうちだろうなとも思った。
そんな半大人たちが本気で取り組むことを見るのは楽しかった。
「次は2年生クラス対抗綱引きです」
掛け声がかかりゾロゾロと準備を始める。
僕たちのクラスは背の順に並んで綱を引くことになっている。
綱を基準に左に女子の列、右に男子の列だ。
「さぁみんな声出してくよー!」
担任の元気な声が響く。
入場して位置に着く時、前の前に淡路さんの姿が見えた。
「それではよーい」
パンッ
というピストルの音と共にせーのの掛け声が聞こえる。
「オーエス、オーエス」
と互いのクラスが交互に引き合う。
綱を引く手がチクチクして痛い。
もう古い綱でいろんな人が引っ張ってきたであろう歴史を感じる。
左斜め先に見える淡路さんの口が動いてるように見えた。
呆気に取られて力を込めていた腕が棒のようになってしまった。
その刹那、相手チームの綱にグンと引き寄せられた僕たちのクラスはズルズルと引っ張られ続けて負けてしまった。
尻餅をついた僕は膝に手を当てて悔しがる淡路さんを見つめていた。
「淡路さん、、、」
不意に口から漏れ出てしまう。
その言葉に反応して、膝に手をついていた淡路さんがこちらを振り返る。
何を話していいか分からず黙り込んでしまう。
首を傾げる淡路さんと永遠のように感じる無言の時間を共有する。
どのくらい経ったか分からない内に退場のアナウンスが流れ、あたふたしながら退場の帰路につく。
前を走る淡路さんの背中を見つめて思い返す。
淡路さんの口が動くのを初めて見た。
あれは、オーエスと呟いていた気がする。
人類史でオーエスを呟いた人なんて初めてなんじゃないだろうか。
席に戻ると皆んな出番が終わったからか少し前までの緊張感がなくなり、わいわいと騒がしいテントの中となっていた。
彼女はというといつもの横一文字の口をしたみんなが知っている淡路さんだった。
あれは幻想だったのかと思える程だった。
3年生の団体競技もそんなことを考えていたらいつの間にか終わったいた。
「以上を持ちまして午前の部を終了します。
生徒の皆さんは各自教室に戻って昼食をとってください。」
僕がぼーっとそのアナウンスを聞いてると、目の前にメモ帳が現れた。
「(どうしたの?しんどい?)」
慌てて我に帰る。
そのメモ帳を差し出してきた彼女の方を見て首を振る。
「(じゃあ戻ろう)」
そう言われて立ち上がり2人で教室へと戻っていく。
道すがら聞いてみることにした。
「淡路さんさ、綱引きの時、声、出してた?」
聞いた瞬間その場に立ち止まる彼女に僕は
「別に変な意味じゃなくて、ちょっと見えたというか」
という変な訂正を重ねてしまう。
彼女は少し俯き加減だったが恥ずかしさからか頬を染めていた。
「大丈夫だから。。。戻ろっか」
何が大丈夫か自分でも分からなかったがとにかく安心して欲しい一心でそう伝えた。
彼女の方は少し照れや落ち込みとも違う俯きをしたまま重そうな足取りで教室に向かっていく。
その反応でやっぱりあれは幻ではなかったのだと確信した瞬間だった。
昼食の時間、いつもは部室か図書室で食べていたがこの日はどちらの教室も閉めている。
不法侵入への対策だろうか。
そんなわけで入学して以来の教室で食べることになったわけだがクラスのみんなは仲良い人で机を寄せ合ったりして、いつもこんな風ですよと言わんばかりのアピールを感じる。
寂しいわけではないが疎外感を感じながらお弁当の風呂敷を広げる。
親との仲は良い方だと思う。ミーハー気質の母親はこういうイベントごとの時周りからの目を気にして少し張り切った弁当を作る。
それが1人で食べることをより滑稽しにしている気がして申し訳なくもなる。
突然コツンの机と机が当たる音がして顔を上げると淡路さんの机が横にあった。
正面に向き合うでもなく横に添えられた机が少し異質な感覚だった。
考えてみれば入学してきて教科書を見せた時以来の構図に随分いろんなことがあったなと当たり前のように横についた淡路さんを見て思う。
淡路さんの弁当もいつもより豪華な気がする。
「お母さんが作ってくれてるの?」
と当たり障りのない事を言う。
「(おばあちゃん)」
少し間があった。
「おばあちゃん料理上手なんだね」
いつにも増して嬉しそうな顔をした淡路さんを見ておばあちゃんっ子なんだなと思った。
「午後の部に保護者の人来る?」
淡路さんの出場種目は午後のリレーだったはずだ。もしかしたら見に来るのかなと思い聞いてみる。
「(来ない)」
「そっか」
「(佐野くん、来るの?)」
「仕事だから来ないって」
「(そっか)」
と同じ反応をしてくすくす笑う。
イタズラっぽい彼女とそれ以上話すことはなく、2人で並んで無言でご飯を食べた。
ご飯を食べ終わったが休憩時間はまだ15分も残っていた。
外の景色をみる淡路さんに釣られて僕も眺めていた。
運動場では親御さん達と何か飲み物をもらったり、友達同士の親子達が和気藹々と喋ったりという感じだった。
そんな年一回の風景を見ていると淡路さんが
「(私、親いないの)」
と告げてきた。
これにはどう反応するのがいいのか僕には分からず窓を見ながらそうなんだ。と空返事するしかなかった。
おばあちゃんっ子だったりはそう言う理由なのかと知った。
淡路さんが何故僕にこのタイミングで知らせたのか僕にも少し理解できた。
羨ましかったのだろう。
普通で当たり前の事というのは案外難しかったりする。その人によって尺度が変わるものだったりする。
なんでも出来てしまう淡路さんにとっての当たり前はそこにはなかった。
僕は改めて大丈夫だよ。と言い直し窓を見ていた。
「これより午後の部を開始しますので生徒の皆様はお戻りください。」
教室でスピーカー越しに流れるアナウンスが響き、午後の部が始まる。
僕たちはまだ窓を見ている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます