眠りから覚めて
白とローズピンクの色が散りばめられたモニカの部屋で、アルバートは古めかしい本を開く。隣のモニカは、メルゴーについての事柄をノートにまとめている。
「メルゴーはもともと、何を司る神だったのか?それは不明で…」
モニカは、ノートにさらさらと文字を書きながら、ぶつぶつとつぶやく。
「えっと、世界ができあがってしばらくした後に、メルゴーは白銀のナイフで突然メビウスを切りつけた…」
アルバートが反応する。
「それで、メビウスは夜の闇の中で傷を癒したんだよね」
「ええ。昼間は影の中、夜は広大な闇の中に身を隠して、ね」
「そしてメルゴーは神々の怒りを買い、神族から追放された…」
「そう。で、彼女は…火山地帯に堕ちた。彼女は火や火山を支配する強大な悪魔となり、世界に君臨するようになった」
「火山活動が活発化して、人々はメルゴーを恐れるようになった。神々もこのままではまずいと判断した」
「神々の力で、メルゴーは世界の隅っこに封印された」
「でも、封印はいつか解けてしまう。だからメビウスは、いつか来るはずのメルゴーとの戦いに備えて、勇ましい戦士を欲するようになった」
「そんなとき、偶然イクサガミが生まれた」
「偶然…」
「ヒトが、生前にどんな生物として生まれるかを選択できないように、神様も、何を司る神になるかを選択できないのよ、おそらく」
「神のみぞ知る…じゃなくて、運命のみぞ知るってことだね」
「そう。それで…イクサガミが生まれたことは、メビウスにとってだけでなく、一部の人間にとっても都合が良かった」
「メビウスは戦場から勇敢な人間を探して…あれ?なんでイクサガミの誕生って、人間にとっても都合が良かったの?」
「あら、あなた、知らないの?約百年前は科学技術の発展が目覚ましくて、それによって生み出された最先端の兵器を使いたがるお偉いさんがたくさんいたのよ。世界大戦もこの頃に何度も起きていて…まさに戦乱の時代だったの」
「うう、想像したくない…」
「戦争をすれば儲かるひとがいた。だから、イクサガミへの祈祷も、きっと何度もおこなわれたはず」
「そっか…それでイクサガミは、祈りに応えたわけだね」
「その通りよ。イクサガミは、戦争の火種となる自分の血を世界中にばら撒き、人間たちはこぞって戦争を始めた…」
「…メルゴーは?」
「活動している火山がほとんど無いってことを考えると…まだ封印されてるんじゃないかしら?」
「えっと…そしたら、あとは…」
「オオカミ…ウォークライさんの行動ね。なぜ今になってクリムゾン・タールを回収しようとしているのか」
「それがどうしてもわからないんだよなぁ」
「…」
モニカは考えこむようにうつむく。アルバートは本をぱらぱらとめくり、メルゴーについてのさらなる情報が無いか、調べる。
しばらく落ち着いた静寂が続いたのち、ふいにモニカが喋りだす。
「ウォークライさん…イクサガミは、クリムゾン・タールを回収しようとしている」
「モニカ、どうしたの?」
アルバートが顔を上げる。しかし虚空を見つめたまま、彼女は続ける。
「クリムゾン・タールが無くなれば、オメガの紛争を続ける意味もなくなる」
「…」
「戦争は、終わる…かもしれない」
アルバートは戸惑う。
「どうして、戦の神がそんなことを…」
「わからない。でも…」
モニカはいったん、言葉を区切る。そして何回か静かに呼吸したのち、続ける。
「ウォークライさんは、戦争好きには見えなかったわ」
─
彼は、土煙で灰色に濁った空を見上げる。このあたりはどこも、汚れた土とすすのにおいで満ちている。…汚らわしい、とは彼は思わなかった。彼はぶるぶると頭を振ると、ゆっくりと歩き出す。瓦礫の下に人でも埋まっているのだろうか、近くからうめき声が聞こえる。しかし彼は構わず、その場から離れていく。
血液は少しだけ回収できた。人々が戦争を起こしてまで欲しがるものなだけあって、それは厳重な扉の中にしまいこまれていた。扉を破るのには少々苦労したが、所詮は人間が作ったもの、ほんの数分で血液を手にすることができた。
火種は大きな炎となった。これが無くなっても、もう戦争は終わらないだろう。賽はとうに、投げられているのだから。
彼はミサイルのような速さで、用済みとなった土地を去る。あとには、瓦礫と人間の死体が転がっているだけ。
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