終焉のオメガ

アルバートは、長い長い、奇妙な夢を見る。

傷ついた、ひとりの小さなケモノビトの子。ぎらぎらと光るナイフ。えぐり出される心臓。神という単語。そして…名前のわからない女性。

彼はベッドの上で伸びをすると、頭の中におぼろげに浮かぶ、夢の欠片に思いを馳せる。あの夢は、何だったのだろう。まるで、自分ではない他人の頭の中を覗きこんでいるようだった。彼は首をひねる。

彼はベッドから出ると、洗面所の冷たい水でばしゃばしゃと顔を洗う。頭の中のもやが晴れ、彼は物事をきちんと考えられるようになる。彼は思う。

「今日見た夢、おばあちゃんには内緒にしておこう」

彼は、今までにない胸騒ぎを覚えている。



太陽が空の真ん中に昇る。ラジオから昼のニュースが流れる。アルバートはつまみを回して、音量を少しだけ上げる。ラジオからは、聞き慣れたいつもの男性の声が聞こえてくる。


クリムゾン・タールを巡る『オメガの紛争』ですが、停戦のめどは未だ立っておりません。政府はクリムゾン・タールの商業ルートを整えることで、この紛争を終わらせることができると述べており、現在、同盟国に、クリムゾン・タール所持国への和平交渉をするよう求めています。


オメガの紛争…アルバートは繰り返す。

「ねぇ、おばあちゃん、『オメガの紛争』のオメガって…」

しかしアンナはそれを遮る。

「遠い国の戦争についてなんて、聞かないでおくれ。私はその話、嫌いなのさ」

アルバートは困ったようにうつむく。確かに、戦争の話が好きなひとなんて、そうはいない。彼はアンナの言葉に頷く。

ラジオのニュースが終わると、彼はひとりで、ある計画を立てる。

もう一度、あの花畑に行こう。

確かめたいことがある。



アルバートはアンナに、街の商店街へ行くと言って、家を抜け出す。彼は走り出すと、翼を広げてふわりと上昇する。森を越え、山を越え、彼は再び、あの紅い花畑に到着する。

クリムゾン・タールについて、彼は少しだけ情報を得ていた。それは深紅の色をしており、ねっとりとした半液体状の物質で、独特な甘いにおいを発するという。そう、まさに、あの紅い花から滴った汁のように。

あの花の紅い汁こそ、クリムゾン・タールなのではないか。

突拍子もない考えだ。そんなこと、あるわけない。あれは遠い国の話だ、そうでしょう?

彼はぶんぶんと、頭を振る。

それを今から確かめるんだ。あの汁が、クリムゾン・タールではないことを。


彼は紅い花畑に降り立つ。

花を何本か摘んでみるが、紅い汁は出てこない。彼は内心、がっかりする。もう少し摘んでみよう。彼は続ける。

十三本目。その花から、紅い汁は出てくる。彼はびくりとするが、今度は花を手放さず、ぎゅっと握りしめる。彼は紅い汁を、手のひらにそっと垂らす。深紅。においをかぐ。甘い香り。彼の頬を、冷や汗がつたう。この汁は、ニュースで聞いた、クリムゾン・タールの特徴をすべて持っている。まさか、まさか…彼はその場に立ち尽くす。



オメガの紛争。

クリムゾン・タールは、人類に飛躍的な軍事力をもたらす。もしも各国がクリムゾン・タールを手に入れ、第六次世界大戦でも始めてしまったら…世界は戦闘行為によって荒廃し、最悪の場合、クリムゾン・タールの、核兵器を上回る力によって、人類は滅亡へと導かれてしまうかもしれない。

最後、終わり、死、…クリムゾン・タールの力を前にした人々は、いつからかその戦いを『オメガの紛争』と呼ぶようになった。

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