アップルパイ
廃墟を出ると、そこは見慣れた草原だった。アルバートは慌ててあたりを見回すが、今しがた出てきたばかりの廃墟は忽然と姿を消している。彼はぽかんとして、その場に立ち尽くす。いったい、何が起きたっていうの?
「ああ、アルバートじゃないか!三日間も、どこに行ってたんだい!?」
背後からふいに声をかけられ、彼はびくりとする。彼は慌てて振り向くと、声の主である老婆の顔を声もなく見つめる。
「どうしたんだい、アルバート?私がわからないのかい?」
「おばあちゃん…」
アルバートは声を絞り出す。その震える声を聞いて、老婆は眉をしかめる。
「何か、怖いことでもあったようだね。大丈夫だよ、おいで。アップルパイをごちそうしてあげようね」
アンナはてきぱきと動く。リンゴジュースをアルバートに出し、ナプキンやナイフ、フォークを用意し、ほかほかのアップルパイをテーブルに置く。
「シナモンをたっぷりと入れたんだ。さぁ、たんとお食べ!」
「おばあちゃん、ありがとう…」
アルバートはか細い声で言う。まだ緊張が解けない。恐怖と不可解が脳を占領している。しかし、温かいアップルパイをひとくち食べると、身体がじわりと温まり、自然と安堵のため息が出る。彼は夢中で食べる。ひとくち、もうひとくち。その明るいリビングには、彼の噛む音と飲みこむ音だけが響く。
しばらくすると、白い皿がからになる。アルバートはナイフとフォークをかちゃりと置く。彼は清潔なナプキンで口を拭うと、リンゴジュースの残りを飲み干す。
それを見て、アンナがそっと口を開く。
「話しておくれ。三日間もどこに行っていたんだい?私はもう心配で心配で、夜も眠れなかったんだよ」
その言葉を聞いて、アルバートは眉をしかめる。
「三日間も?どういうこと?」
「それは私が聞きたいよ。花畑に行くって言って、あんた、そのあと三日も行方知れずで…」
「おばあちゃん、僕は確かに迷子になったけど、三日も経ってはいないはずだよ?すぐ帰ってこれたもの」
「私の言葉に間違いはないよ、カレンダーを見てごらん」
アルバートは壁に掛かっているカレンダーに目をやる。アンナは毎日、夜寝る前に、カレンダーのその日の日付けに、赤いペンでバツ印を書く。アルバートが花を摘みに行った日は…三日前。赤いバツ印。アルバートは目を見開く。
「ど、どうして…なんで…?」
「あんた、本当にわからないのかい?」
「わからない…わからない、何があったのか…だ、だって、すぐに…僕は…」
「落ち着くんだよ、アルバート。まず何があったのか、順番に話してごらん」
アンナは眉をしかめ、テーブルに置いた自分の両手を睨む。アルバートはうつむく。しばらくの間、鉛のような沈黙がその場を支配する。しかし、アンナがそれを破る。
「それは…“神隠し”だね」
「…カミカクシ?」
「そうだよ。あんたは、神様の世界に足を踏み入れちまったのさ」
アルバートは引きつった笑みを浮かべる。
「か、神様…?そんな、ファンタジーじゃあるまいし…」
「アルバート」
「な、なぁに?」
「昔も今も、神様は確かにいるんだよ。距離を置いただけさ」
「…」
わからない。アルバートは、ただ黙りこむことしかできない。
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