紅いタール

神隠しに遭った日以来、アルバートは、赤いものに敏感になる。赤いインク、赤い花、赤いトマト、そして…タール。



クリムゾン・タールと呼ばれる物質がある。現在の科学では説明できないそれは、無限の可能性を秘めた新物質として、人々を熱狂させた。

クリムゾン・タールは、簡単に言えば、燃料になる。今は政府により回収され、軍事に利用されている。戦闘機を今までにないほどのスピードで飛ばし、戦車に圧倒的なパワーを与える。銃に詰めれば、弾丸の射程距離をぐんと伸ばすことができる。…そう、それは便利すぎた。

クリムゾン・タールを発見した最初の国の政府は、とてつもない危機を感じた。他の国々がそのタールを欲しがるのは当然だった。最初は金と脅しですんだ。莫大な金を用意し、クリムゾン・タールを売ってくれと頼む。断る。他の国と組んで、クリムゾン・タールを独り占めするその国を非難し、脅す。耐える。しかし、やがてクリムゾン・タールをめぐる戦争が勃発する。誰もが予想していた。最悪の予想。

しかし、クリムゾン・タールが見つかったのは、海の向こうの遠い国。戦争は、遠い世界での出来事。アルバートやアンナのいる国は、この上なく平和だった。



「おばあちゃん、あの紅い花から出てきた汁って…」

アンナは顔色を変える。

「しっ!どこで誰が聞いているかわからない。もうその話はおやめ」

「え、ど、どうして…」

「いいから!」

アルバートは釈然としないまま、平穏な日常生活を送る。あの紅い花の名前は?あの紅い汁は何?そしてある日、アルバートの耳に、ラジオの音声が流れこんでくる。


クリムゾン・タールは依然として解析できておらず、その仕組みは不明のままです。しかし政府は、他の国々と同盟を結び、完全に管理下に置くことで、その安全性を保証できるとしています…


アルバートははっとし、つまみを回してラジオの音量を上げる。ニュースを読み上げる男性の、滑らかではきはきとした声。クリムゾン・タールという単語。心臓が、暴れるようにバクバクと脈打つ。興奮で頬が紅潮する。アルバートは、ラジオの黒いスピーカーを、声もなく見つめる。

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