八 宮様は危険人物??
私自身、何が何だかわかっていないけれど、父様がいなくなってから我が家に起きたことを話し始めた。
新聞などで父の失踪が面白おかしく騒がれたこと、大学側から家を追い出されることになったこと、プロイツェンのお祖父様が出国の手続きを整えてくれたこと、叔母様たちが私に内廷局の職員採用試験を勧めてくれたことなど。
「なるほど、僕がいない間にそんな大変なことになっていたとは…。申し訳ない」
父は私たち家族に深く頭を下げた。
「特にサラ子、僕の帰りを待つために働こうとしていたなんて…」
「父様のことが心配で…」
「ありがとう、サラ子。大好きだよ!」
父様は私の頭をそっと撫でてくださった。子供みたいで少し恥ずかしいけれど、久しぶりの父様だ。私が父様に身体を預けようとしたら、
「そろそろ僕の話、聞いてくれますか?加賀見教授?」
後ろから私を引きはがす宮様がいた。作り物めいた笑顔が美しいというより、もはや怖い!
「そもそもこの試験ね。僕の妃を選ぶ試験だったんだ。知っていると思うけど、今日が合格発表日!」
そうだ、すっかり忘れていたけれど今日は合格発表日だ。この一週間何も知らせがなかったのはそのせいか。
「なぜ職員採用試験のようなことを?」
妃を選ぶ試験と知っていたら最初から私は受けることなくお祖父様の国に行くことに決めて、出国の日を待っていただろう。
「縁談は何度も持ち込まれたけれど、僕の上っ面や身分にしか興味がない縁談だったり、打算しかない縁談だったりでね。どれも突っぱねているうちに、僕の従兄、というか皇上陛下が『そなた、いい加減結婚しろ!どんな娘なら結婚するんだ!』と詰め寄ってきて」
なるほど、身分の高い人も高い人なりに困っているのね。
「それで、僕なりにどんな子なら結婚するだろうかと考えてみた。でも、正直、考えれば考えるほど分からなくなってしまった。考えが纏まらなくてうなっていたら『ならば、どんな能力があればそなたの妃としてふさわしいか』と陛下が言ってきた。それで、もう一度考えてみた。外国語を最低一カ国語話せて、ある程度教養を備えていて、頭の回転が速くて、欲を言えば自分の身を守れる子と答えた。僕の周りは警護がついているけれど必ずしも安全とは言えないからね。それからしばらく経って、陛下から『ここから選べ』と言われたのが内廷局の職員採用試験だったというわけ。募集要件に確かに僕の望む条件が入っている。」
「陛下もよく考えられましたね。確かに、ご自身でお探しになるより早そうですね。表向きは採用試験ですから、該当者がいなければ不採用と通知して終わりですし。最悪の場合、全員不採用ということで再度募集できますね」
「君にみたいに真面目に採用試験だと思って受けた女性には申し訳ないけれどね。受験者のほとんどは華族出身者かその縁者だから試験の意図をそれとなく教えてもらっていたようだよ。てっきり君も教えてもらっていたと思ったんだけど」
「いえ、私は全く存じ上げませんでした!」
私は手を横に振った。やたら条件が厳しい採用試験だとしか思っていなかった。今思えば、あのお茶会に出席しそうな恰好の令嬢たちは宮様の妃になるために、これでもかと全力でおしゃれをしてきたということか。コルセットを着用した令嬢なんかは、筆記試験どころではなかっただろう、苦しくて。
「事前の情報を得ておきながら、着飾ることしか考えてなくて、試験を適当に済ませて、試験会場で僕を見掛けて口述試験を放り出す令嬢なんてまっぴらごめんだね。あまりにもひどい子は、一次試験の段階で切らせてもらったよ」
宮様は吐き捨てるように言った。それで二次試験を受けた人が半分に減っていたのか。
「そういう試験でしたら、私は受けなかったかもしれません。母様はご存じでしたか。………母様?」
おかしい、母の顔から汗が幾筋も流れている。季節は夏だと言っても葉月の半ばを過ぎている。じっとしていればそこまで暑くないはずだ。しかもなぜか目も合わせてくれない。
「サラ、ごめんなサイ。私は知っていマシタ」
「えっ、母様??」
ご存じならなぜ教えてくださらなかったの?
「トシの妹さんたちから『宮様のおそばで働くことになるらしいわ。』『これを言うとサラ子ちゃんが受けないって言うだろうから私たちだけの秘密ね』ト」
叔母様たちが、母に耳打ちしていたのはこのことだったのか。母の心変わりが変だなと思っていたら、そういうことか。
「母様?それはどういうことでしょうか?宮様のお邸で使用人として働くということですか?それとも、秘書として働くということですか?」
「レオ太郎、お前にはまだ早いみたいだ。ペタ次郎達と外で遊んできなさい」
「姉様の大事なお話に、跡取りの僕が同席するのは当然…」
「いいから、外で遊んできなさい」
レオは結構大きくなったはずなんだけど、父に引きずられて外に放り出されてしまった。まだ、腕力は父の方が強いようだ。
というわけで、弟たちは席を外して仕切り直しとなった。
「マチルダ、何でそんなこと勝手に進めちゃったんだよ」
「トシがサラのお相手をいつまでも見つけないからデス!」
母様が頬をぷ―っと膨らませた。なんか、小動物みたいで可愛い。
「ガーーーーン、それは僕が悪かったけど」
父様は、大げさな動きで上体をそらし、両手で頭を抱えた。ブリタニカ語でいうところの『オー、マイ、ガー』と叫びそうな感じだ。
「加賀見教授、安心してください。娘さんは僕がいただきますから。正式な妃として!側女を置くつもりは一切ありません!」
安心?何を?足好きの変態さんのどこが?と思ったけれど、私は静観することにした。
「いくら宮様といえどもサラ子をもらうとは十年、いや百年早いわ!」
今度は父が歯をむき出しにして怒り出した。約半年ぶりに会った父はこんなにも表情をコロコロと変える人だっただろうか。いつもホワホワと笑顔を浮かべる人だったような気がするのだけれど。今日は父様の百面相の日だったのかしら?
「トシ!落ち着いテ!それで、うちの娘を妃にしたいと思った決め手ハ?」
そう、暴行を加えた私をなぜ妃に?今でも思い出す、あの悪夢。ただの悪夢ならいいけれど、現実に起きた悪夢。
「サラ嬢は筆記試験も良くできていたし、論文試験は出題者の意図を読んで回答していた。それに口述試験もしっかり受け答えできていたし、分からないことも誤魔化さずに真摯に対応できていてよかったよ。僕が顔を出しても一切反応しないのがちょっと寂しかったけど」
宮様目当てじゃなくて、採用試験を受けに来ただけですからね!宮様より、働き口の方が大事です。
「では、あの二次試験は…」
「あれは、面接で人柄を確認するのと、想定外のことが起きたときにどんな反応するのかを確認したかったんだ」
「それにしても、なぜ宮様が不審者に変装する必要が…」
「なかったね。他の受験者も同じような感じで試してみたけど、突然のことに悲鳴を上げるか、気を失って倒れるか、逃げ出すかのどれかだったよ。まさか、果敢に攻撃する令嬢がいるとは思わなかった」
「アハ、アハハ、ハハハ…」
宮様の言葉に笑ってごまかすしかなかった。
「僕自身、腕に多少の自信はあったんだけど、油断したなぁ」
宮様は、ふにゃりと気の抜けた笑顔を向けた。宮様の飾らない笑顔に殺傷能力の強さを感じる。
待って、待って、この人は変態、この人は変態!気を強く持つのよ、私!
「あの…私は宮様に暴行を加えましたが逮捕されたり、罪に問われたりすることは」
「ないよ。一生囲ってほしいということなら考えないことはないけど」
ゾワッ
宮様の目が一瞬怪しく光ったように見えた。新たな身の危険を感じたのは気のせいではないと思う。
「宮様の話は分かりました。しかし、家長である僕を差し置いて勝手に話を進めるとは許しません!」
父は鼻息を荒くする。
「それは、困った。もう号外に載せちゃったのに」
宮様は懐から小さく折りたたまれた紙を取り出して広げた。
両親と私が紙を見ようと覗き込もうとすると…
「号外号外!!」「宮様がご婚約!お相手は加賀見公爵家のサラ様!」
外から大きな声が聞こえてきた。
――有原宮礼義様 御婚約――
御皇族デアラセラレル有原宮礼義様ガツイニ御婚約トナッタ オ相手ハ加賀見利清公爵ノ御令孫 加賀見サラ嬢 同人ハ桃山原女学校ニ通ウ女学生デ 父親ハ帝国第一大学教授ノ加賀見利達氏、母親ハ付炉衣津園帝国ノ侯爵家ノマチルダ嬢トノコト
サラ嬢ハ長ク鎖国政策ヲ行ッテイタ我ガ国ニオイテ新タナ風ヲ起コス人物トナルダロウ……
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