六 ただでは済まない二次試験

 試験の手ごたえのないまま、一週間が経ち、二次試験当日を迎えた。

 一次試験と同じ試験会場に向かうと、数台の馬車が待っていた。なぜか一次試験よりも受験者数が半分以下に減っていて、公子様の姿もなかった。やはり、あの口述試験で何かあったに違いない。もしかしたら、気がついていないだけで私も二次試験に来なくていいと言われていたのかと一瞬不安に思ったけれど、試験官に二次試験の受験票を見せたらそのまま通れたので、その心配は不要だったようだ。

 周囲を見てみると、一次試験の派手派手しい受験者は軒並み二次試験を受けに来ていないようだった。

 今日来ている受験者は、色味を押さえつつも高価な服装をしているという程度だ。私は他にまともな服がないため、今回も女学校の制服だけど。


「受験者の皆様、番号順に並んでください」

「四人ずつ馬車にお乗りください」


 私たち受験者は、内廷局の職員に促されるまま馬車に乗り込んだ。

 馬が走りだそうとした瞬間、


「どうか私にもう一度試験を受ける機会を!」


 と私と同じ女学校の制服に身を包んだ女性が駆け込んできた。


「何を言う!宮様に働いた狼藉許すまいぞ!」

「宮様の恩情で留置場送りを免れただけ、ありがたいと思え!」


 同じ女学校の制服ということはもしかしてと思ったけど、公子様だったんだ。内廷局の職員たちに行く手を阻まれていた。


「混じり者が良くて、なぜ私がダメなのですか!!私は稀小司家の令嬢ですよ!!」


 私を指しながら耳を劈くほどの声で公子様が絶叫した。


「黙れ、黙れ。華族籍から外された身で何を言う!」

「この者を捕らえよ!」


 ついに皇室警護官が集まって、公子様は倒され、縛り上げられた。

 公子様、華族籍から外されていたの?そういえば今週は女学校で姿をお見掛けしていなかったような。


「大変失礼いたしました。それでは二次試験会場へ向かいます」


 衝撃的な場面を見せられたにもかかわらず、あまりにも事務的な内廷局の職員の声に私だけでなく、他の受験者もぞくりとした。

 公子様と宮様との間に何があったのか分からないけれど、皇族への不敬はダメ、絶対!



 馬車から降りた先は、『有原宮邸』の新館だった。数年前にできた石造りの洋風のお邸で、私は祖父母の滞在先のホテルを訪れた時に、前を通ったことがある。

「受験者の皆様、どうぞお入りください」

 内廷局の職員に案内されながら、私たちは邸の中に踏み入れた。

 ――まぁ、ここが宮様のお邸なのね――

 ――小さいころに旧館の方にお招きされたことがあるの――

 良識を備えた令嬢が残ったようで、多少浮足立っているけれども大声で騒ぎ立てるものはいない。しかし、女性たちの憧れの宮様のお邸に連れてこられて喜びを隠しきれなかったようだ。はしたないと思われない程度に、受験者たちは邸の外観や内部を見回していた。

 私?残念ながら、他の受験者とは違う感想を抱いている。

 立派な建物という意味では見ごたえのあるお邸とは思うけれど、感動するというほどではない。最近建てられた洋風建築なので、歴史的な深みはない。

 正直言って、人生で数回訪れた祖父母の邸宅の方が何倍も大きいし、築数百年の重みを感じる。祖父母の邸宅は、あまりにも広くて、一人で出歩いてはいけないと言われて、いつも母に手を引かれていた。母が歩き出すたびに父との思い出を語り出すので少々煩わしかったというのはここだけの話だ。

 今思えば、母の話を適当に流すのではなく、しっかり聞いてあげるべきだった。父との思い出をなくさないように私も心に刻みつけ……。

 いや、違う!私はここで父の帰還を待つんだ!

 父様!必ず、山都ノ國に戻ってきてくださいね。サラ子はいつまでも待っております!そのためには、内廷局の職員に採用されなくては!

 私は目線を上げて力強く踏み出した。



「受験番号二十一番の方どうぞ」


 ついに私の番が来てしまった。志望動機はしっかり頭に入れてあるし、考えうる質問に対応する答えも一応用意してきた。質問に答えられなくても、失礼のない態度を示そう。

 長い長い廊下を進んだ先の部屋は、非常に広く、奥には時代遅れな御簾が下がっていた。照明も薄暗く、全体が良く見えなかった。しっかり見えるのは、机に大型の洋風ランプがともされた面接官の席くらいだった。

 御簾の向こうの人影が宮様?だろうか。今更、宮様を隠してどうするのだろうか。宮様自身、外によく出られているし、新聞や雑誌に何度も宮様の写真は掲載されているので、知らない人はほとんどいないのでは?


「では、名前と年齢を言ってください」


 私の目の前に座っている面接官が口を開いた。


「加賀見サラ、十七歳です」

「どうぞ、お座りください。」


 面接官が私に目の前の椅子に座るように促す。


「加賀見となるとあの…」


 面接官は私の顔色をうかがうように目を向けた。


「そうです、祖父は大名華族の加賀見利清です。父は加賀見利達、帝国大学の教授をしております」

 当然聞かれることだと予想していたので、ありのままに答えた。


「あの世紀の大恋愛の…」


 はい、これも聞かれると思いました。

 面接官は父と同年代くらいの男性なので新聞や雑誌で何度も目にしたことだろう。それに、面接官は同年代のせいなのかどうかわからないが、父に少しだけ似ている。髪形も背格好も父に近いせいか、父の姿がちらついた。


「えぇ、そのとおりです。父と母は互いの家を飛び出して苦労をしましたが、仲睦まじくしております」


 私は年頃の娘らしく、少しはにかんだような顔を浮かべた。本当は張り付いた笑顔で答えようかと思ったけれど、両親の仲が嘘くさく聞こえるのも良くない。というわけで、一瞬のうちに計算してこの表情だ。


「今、お父上の行方が分からないと聞いておりますが…」

「報道されているとおり、父はシャムール王国に行ったきり戻ってこないのです。私たち家族は父の帰還を一日千秋の思いで待っております」

「それは、心配ですね」


 面接官言葉こそ形式的だけど、温かみのある声だった。私を安心させるように向けた柔和な表情が父を思い出させた。


「…はい」


 しまった、声が震えてしまった。それに目頭にも涙が溢れそうになる。私は必死に押さえる。情けない姿をさらす人間など、採用すべきでないと思われてしまうかもしれない。


「大丈夫ですか?」

「ええ、問題ありません」


 私は気を引き締めなおした。サラ子、しっかりしなさい!



 その後は特に問題なく、ごく普通の面接試験が行われたと思う。女学校の二次試験で行われたような面接とあまり変わらない感じだった。

 中には「山都ノ國とプロイツェンが対立したとき、あなたはどうしますか」という少々意地悪な質問があったが、想定済みだったので特に問題なく答えられた。その他の質問も自分の意見や考えをはきはきと答えることもできたし、面接官の反応を見る余裕もあった。


「では、最後に宮様から質問をいただきましょう」


 面接官はすっと立ち上がり、御簾の近くに侍っていた人に声を掛ける。その人は面接官と二言三言話して、御簾の中に入っていった。

 このやり取り、古臭くない??

 お祖父様に連れられて一度だけプロイツェンの皇帝陛下に謁見したことはあるけれど、もっと開けていた。短い時間だったけど、十歳に満たない当時の私と皇帝陛下は直接お話させてもらったことがある。実に無駄だな、このやり取り。

 私は失礼なことを思いつつ、神妙な面持ちで待つことにした。


「宮様、覚悟!!」


 いきなり、窓が割れる音とともに、四人の男が乱入してきた。どの男も布で顔を隠しているので誰なのかよく分からない。


「宮様をお守りせねば!」


 部屋の内外に控えていた職員が一気に御簾の前に集まる。不審者よりも人数は多いし、これならすぐに取り押さえられるだろう。なら、私のすることは、人質にならないように目立たないところに移動することぐらいか。


「ぐわっ」「うぅ…」


 不審者たちにいとも簡単に倒される職員の皆さん。

 なぜ、この中に警護官が控えていないのか…。

 御簾の前に集まっている人たち、体格からして、普通の職員だわ、うん。普通、皇族を守る警護官が控えていてもおかしくないのに。


「宮様、決して出てはいけませんぞ」


 昔の宮廷衣装に身を包んだお爺ちゃんが御簾から出てきたんだけど、明らかに戦闘能力なさそう。

 やっぱり、私、戦わないとダメかしら…。女子とはいえ、山都ノ國臣民だものね、宮家の人間を守らないとダメよね。

 父様、母様、お祖父様、サラ子に力を貸してください!

 そうと決めた私は、一気に駆け出した。

 一対四では分が悪い。不審者の中で一番強そうな男に狙いを絞った。その男はすらりと手足が長く、体格の差を利用して職員たちを何人も戦闘不能にさせている。残りの三人はその補助といった役割分担のようだ。

 卑怯だとののしられても構わない。私は、後ろからその男に足払いを掛けた。体幹がいいのか、男は少しよろけただけで、倒れることはなかった。


「私が相手です。かかってきなさい」


 奇襲は失敗したので、今度は宮様が襲われないように私に注意を向けるように仕向けた。正直なところ、複数人を相手にしたくなかったが宮様を襲われたらおしまいだ。

 できるかどうかわからないけど、各個撃破を狙うしかない。

 一人、また一人と私は正面からやりあわず相手の力を利用して、倒していく。思ったよりも敵が強くなかったのと、私が山都ノ國式の柔術とプロイツェン軍隊式の格闘術の両方を駆使したのが相手の混乱を招いたのかもしれない。

 三人目を倒したところで、私の体力はかなり削られている。いくら相手の力をなるべく利用するにしても、大人の男を投げ飛ばしたり、引き倒したりするのは疲れる。

 最後に残ったのは、私が最初に目を付けた一番強そうな不審者だ。


「さぁ、あなた一人だけになったわよ。覚悟しなさい」


 私はなるべく疲れていないように去勢をはる。そんな私をあざ笑うかのごとく、男は御簾の方へ走り出した。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 私は、面接官の机の上にあった文鎮を投げた。しかし、相手にはギリギリのところでかわされてしまった。

 次の手はどうする?


「ま、待ちなさいよ!」


 私は限界を超えているのを無視して、相手にとびかかった。私がそんな行動を取るとは予想をしていなかったようで、ついに体勢を崩した。


「好機!」


 この機を逃してはいけない。すかさず男の脳天めがけて回し蹴りを食らわした。


「………げふっ!」

 よしっ、見事に直撃した!


「あ…」

「それは…」


 私の攻撃で周りがざわつき始めた。も、もしかして私が足技を決めたのがはしたなかったということ?

 女袴もその下の着物も大きく捲れあがって、膝上まで見えているのは紛れもない事実。普通だったら、嫁入り前の娘がすることではない。

 私も年頃の娘だから、恥ずかしいんだけど、非常時なんだからしょうがないじゃない。

 もはや手遅れだけど、捲れあがった着物と女袴を整えることにした。


「宮様!ご無事ですか?」

「宮様!お気を確かに!」

「あああああ、なんてことを!」


 やっと立ち上がった職員さんたちが口々に声を掛けていた。御簾まで不審者は入り込んでいないから無事だと思うのだけれども…。

 なぜか全員一斉に私が最後に倒した不審者の元に駆け寄ってきた。


「実に良い…蹴りであった…」


 その不審者はそう告げて、意識を失った。苦しそうに紡いだ声が低くて無駄にいい声だと間抜けなことを思ってしまった。


「宮様!!!!」


 私を押しのけて職員さんやお爺ちゃんが無駄に声のいい不審者を抱き上げた。

 ちょ、ちょっと待って!不審者が宮様だったってこと????なんでそんな不審者の振りをしたの????ということは、皇族である宮様に何度も暴行を加えた私は、重罪人ってこと????


「娘よ、追って沙汰する」


 お爺ちゃんが冷たい視線を浴びせながら私に一言告げて去っていった。


「お疲れ様でした。お帰り口はこちらです」


 最初に馬車の案内してくれた事務的な内廷局の職員さんが私を案内してくれた。

 私は一人馬車で家に帰されたため、家族に別れも言えずに逮捕されるということがなかったのが不幸中の幸いだった。

 その日は、家族に事情を話して全員でひとしきり泣いた。お祖父様はプロイツェンに既に帰国しているので、プロイツェンに身柄を匿ってもらうことはできない。

 母と話し合って、皇族に暴行を加えたのは紛れもない事実だし、下手なことをせずじっと待つことにした。

 しかし、試験から一日経っても、三日経っても、内廷局からの連絡がない。また、警察官や皇室警護官が来ることもなかった。

 そして、試験から一週間後の葉月十九日、豪華な馬車と馬に乗った警護官らが我が家の前に到着した。

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