ニ そもそものきっかけ

 どうしてこんなことになったのだろう。

 それを語る前に、私の少々複雑な生い立ちを説明したいと思う。

 私の名前は加賀見サラ。桃山原女学校に通う学生だ。この春には卒業を予定している。他の女学生たちは卒業を待たずに結婚し退学している者が多いけれど、複雑な出自が災いして私には縁談が来ていない。何も起きなければ無遅刻無欠席、見事、優秀な成績を修めて卒業となることだろう。

 私は、加賀見公爵家の嫡男だった父・利達としたつと我が国から遠く離れたエウロパ大陸にあるプロイツェン帝国のラインフェルガー侯爵家の娘である母・マチルダとの間に生まれた。

 プロイツェン帝国に留学中だった父がラインフェルガー侯爵家の一室で下宿していたところ、母と出会い恋に落ちたというものだ。父は、大国の令嬢である母は自分には分不相応と思い、身を引こうとしたらしい。母は、留学を終えて帰国する父に黙って同じ船に乗り込んで父に結婚を迫ったとのことだ。さすがの父も根負けして、結婚の決意を固めたそうだ。

 しかし、二人の気持ちが固まっても父の家がその結婚を許さなかった。

 父の家の祖先は戦国武将であり、前の時代では有力大名家だったため、伝統を重んずる家風だった。父の両親は、これまで築いてきた伝統と血統を崩すような外国人である母との結婚は許さなかった。よって、父は母と結婚するために華族の身分を捨てて平民になった。ちなみに、父と母の結婚は一時期、我が国最大のロマンスとして新聞に取り上げられている。

 そんな出自の私は、山都ノ國臣民というよりは、明らかにプロイツェン帝国人の血が濃い。高い身長、長い手足、白過ぎる肌、うねりのある金髪、その割に目の色だけは黒いから、完全なプロイツェン帝国人には見えない。女学校でも『混じり物』と呼ばれて小さな嫌がらせをそこかしこで受けている。

 そのような経緯から、私に対して伝統のある家から縁談は持ち込まれない。ただ、両親の出自と私の体格を見込んで健康的な子を望む軍属からは話を持ち掛けられることはあるらしいが、全て父が断っている。

「だって、軍人なんかと結婚したらサラ子が未亡人になってしまう!ダメ、ダメ、ぜ~~~たいダメ!」

 という理由らしい。ちなみに『サラ子』とは、父がつけた私の愛称のようなものらしい。父は女子の名前に子がついていないのが落ち着かないという理由から勝手につけて呼んでいる。

 それにしても、父は軍人なんかと言っているが、父の先祖は槍を持たせれば無双と呼ばれた戦国武将だった。そんな先祖を持つ人間とは思えない発言だ。普段の優しい物腰の父を見れば、武将の血を受け継いでいるとは全く思えない。

 ちなみに母が言うには、「留学中のトシ(父のこと)は、大学の陸上競技大会のやり投げで二位と大差をつけて優勝しましたヨ」とのこと。というわけで戦国武将の血はしっかり流れているらしい?

 そんな過保護な父の元で育てられた私はしばらく結婚と縁はない。そう思っていたのに…。



 ――加賀見利達教授(四十一) シャムール王国ニテ遭難――


 加賀見教授は帝国第一大学デ植物学ヲ専門トスル学者デアル 同氏ハシャ国二新種ノ植物ヲ鑑定スルタメニ自国ヲ七月某日ニ発ツタガ帰国予定日ヲ過ギテモ未ダ戻ラズ

 現在帰国予定日カラ三カ月経ツガ杳トシテ行方ガ知レナイ 残サレタ夫人ト其ノ子供達ハ加賀見氏ノ帰還ヲ待チ続ケテヰル

【写真一】加賀見教授

【写真二】加賀見教授マチルダ夫人ト其子供達


 私と宮様との接点ができてしまった原因は父の遭難だったと思う。

 父がシャムール王国へ植物鑑定に出かけたところ、行方が分からなくなったのだ。帰国予定日が過ぎても一向に帰る気配もない。

 父は植物学を専門とする学者だ。当初は現地の研究施設での植物の鑑定のみの予定であったが父が現地の案内人と一緒に植物の採集に向かうことになり、その際に何かあったのだろうと政府の役人から母に伝えられた。

 父の遭難は一時期、新聞や雑誌に大きく取り上げられたが、外国での事件だったため、情報が少なく様々憶測が流れた。

 虎の住処に踏み入れて食いちぎられた、毒虫に刺されて野垂れ死にをした、現地人の物取りに襲われて死んだ、開通間もない列車で事故があった等々。

 中にはシャムールでできた愛人と逃避行したという記事もあった。

 愛人と逃避行の記事が掲載されるや否や、父の学者仲間や指導を受けていた学生が次々と我が家に駆け込んで「それだけは絶対にないから安心してほしい」と言っていた。もちろん、私も母も父のことを信じている。

 私は生まれてからずっと、砂糖菓子より甘いやり取りをしている両親を見てきたから。だから、そんな三文記事みたいなことは絶対に起きない。毎朝、母と私と私の四人の弟たちをさんざん可愛がってから出勤するのが父の日課だった。

「父様はね、普段はあんな感じだけどネ、とてもお強いのですヨ」

 母は、毎日私を含めた子供達にそう言い聞かせてくれている。でも、私たちは知っている。私たちが寝静まったころに母が一人で泣いていることを。

 父様が無事帰ってきますように――私も弟たちも毎日願っていた。


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