宮様の新たな扉を開いてしまったのは私です

BELLE

序 求婚?なぜ私に

加賀見かがみサラ嬢!どうか僕と結婚してくれ!」


 皇室専用の馬車から降りた美丈夫はそう言った。そのお方のお名前は有原宮礼義ありはらのみや ひろよし様。

 山都ノ國の君主たる皇上の従弟にあたる方で有原宮家の若きご当主様だ。我が国の臣民から『宮様』と呼ばれ、慕われているお方。礼義様の他にも男性皇族はいらっしゃるが、『宮様』と庶民が呼ぶのは有原宮礼義様のことを指す。

 宮様はご当主になられる前から我が国の文化の保護と海外交流に力を入れられていて外国の王侯貴族や有力者からも注目を浴びていらっしゃる。長く鎖国をしてきた我が国では新しい時代の象徴的存在だ。

 宮様は、特に若い女性からの人気が絶大で女学校の休み時間は宮様の話題ばかりだ。最近では、宮様のお妃になられる方はどなたであろうかと新聞や雑誌で騒がれている始末。

 そんな宮様のお言葉を聞き間違えていないならば、その宮様が私に求婚していることになる。

 待って、なぜ、私なの?

 そもそも私は先週、宮様に不敬を働いた身。失礼な行為という範囲で済まない、犯罪行為そのものをしたのだ。犯罪の被害者たる宮様ご本人から求婚される理由がないわ。

 私は宮様に度重なる暴行を働いたのだ。一応、弁解させてもらうとすると、私は宮様を害するつもりは一切なかった。しかし、客観的には皇族への暴行だ。

なぜか私はその場で取り押さえられることはなく、宮様の侍従が『おって沙汰する』と宣言して、私は家に帰された。

 そんな状況であったので、私はいつ出頭を命じられるのか待っていた。

 少し前に我が家の前を皇室警護官たちが取り囲んだのが見えたので、ついにこの時が来たかと覚悟して、私は家族に別れを告げてから門前に一人立ったというのに。


「え…、あ…」


 ああ、駄目だわ、声が出ない。


「…君は何も知らずに受けたんだな。先日までのあれは全て私の妃を選ぶ試験だったんだ」

「えっ!」


 今度は自分でも信じられないくらいの大声を出してしまった。年頃の女子としては恥ずべき行為だ。これ以上はしたないことをしないように私は両手で口を塞いだ。


「君ほど聡明で、度胸のある女性は初めてだ。そして、なにより…」


 宮様が流れるような所作で私の目の前に跪いた。身にまとった白い背広が汚れることも厭うことなく。すっと宮様は私の方に手を伸ばす。この方の魅力は、顔だけでないだろう。透き通るような声と優雅な動きも人々を虜にするのだろう。

この手を取るべきなのか。私は頭が上手く回らず、さっきまで口を押えていた両手を降ろすのが精いっぱいだった。


「その美しい足!思わず見惚れてしまって避けるのを忘れた。そして、君に蹴られた瞬間…天国に行ったかのような心地に」


 宮様の手はなぜか私の右足に伸びていた。宮様の所作を見て、私の手を取るには低いかと途中から感じていたけど。


「お言葉ですが…それは、気を失っただけでは?」


 何か嫌な予感がして私は一歩後退する。だが、宮様は前に一歩足を踏み出して近づこうとする。もしかして私の右足、狙われているのかしら?


「君の美しい足ならば、もう一度蹴られてもいいと思ったんだ」


 宮様はうっとりとした目をして私を見上げる。この世のものとは思えないくらいの色気のある顔だ。女子ならば誰でも一瞬で恋に落ちること間違いないと言われるだけのことはある。

 だけど、その美しい顔で私のような常人には理解できないことを言っている。


「ああ、君の足をもう一度見せてくれないか」


 なんと、あろうことか宮様は私の袴の裾から手を入れ始めた。

 どう考えてもこれは痴漢行為よ!

 お巡りさん痴漢がここにいます!早く捕まえてください!

 と叫びたいが、事件の捜査、逮捕などの警察権を持っているはずの皇室警護官たちは全力で顔を背けている。


「止めんか変態!」


 私、加賀見サラ、十七歳。誰もが羨む美貌のヘンタ…いえ、宮様に求婚されました。

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