小太郎は、捻っていた上半身を戻して、岩から降りた。

 振り返る。

 座っていた岩を間に挟んで、男と対峙たいじした。

 両脇に座っていた弥二郎と喜三郎も、同じように男と向かい合う。

「どこから現れた」

 喜三郎が訊いた。小太郎もそれは疑問に思っていたことだ。泉邑がある山を除いて、周囲に山はない。建物も木立もない。昨日まではあったが、小太郎が風で吹き飛ばしてしまったから今はもうない。

 つまり、身を隠すところはない。

 なのに、この男は小太郎たちに気づかれることなく現れた。

 どこから来たのか、どこにいたのか、いつからいたのか。

 そして――何をしに来たのか。

 何も、わからない。

「誰だ!」

 小太郎は反射的に剣を構えていた。日緋色金の剣だ。昨日の戦いで黒尽くめたちが持っていたものを押収おうしゅうしたので数はあった。

 その一振りを、小太郎が持っていたのだ。

「怪しい奴め」

 喜三郎も構える。

 弥二郎は何も言わず、黙ったまま釘を構えた。

 途端に男は腰を折って体をくの字に曲げたかと思うと、両掌を小太郎たちに向けて待っておくんなせェと言った。

「あっしはただお訊きしているだけだ。喧嘩するつもりはねえ」

 だからそのおっかねえ物を仕舞ってくんなと懇願する。

 思わぬ態度に、小太郎は喜三郎を見た。喜三郎はまっすぐに眼の前の男を見えている。次に小太郎は弥二郎を見た。

 弥二郎は小太郎を見て、顔を小刻みに横へ振った。

 油断するな、という警告を、小太郎は暗黙のうちに受け取った。

「誰だ。まずは名を名乗れ」

 小太郎は剣を構えたまま訊いた。

「あっしは武甕槌たけみかづち

「た、け――ん?」

「武甕槌でやすよ」

「何をしに来た」

 続いて喜三郎が尋ねた。

「このあたりに小太郎さんって子がいると聴きやしてね、尋ねて参ったんで」

「小太郎に会ったとして、どうするつもりだ」

 弥二郎が訊いた。

「そいつァもちろん――」

 男――武甕槌――は、にかっと笑って言った。


「とっちめてやるんでさあ」


 歯が白くかがやく。

「やっぱり敵か」

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