10・正義の旗印

 邑人たちが喜んでいる。

 岩の上に座って、小太郎はそれをぼんやりと眺めている。

 円状に降り積もった瓦礫。その合間から覗く死骸。漂う死臭。

 そのけがらわしい円状の山のあちこちを、邑人たちが掘り返している。

 金目のもの、食糧、着物、武器――そういったものを集めて回っているのだ。

 まるで糞にたかる蝿のようだと小太郎は思った。

 だがそんな邑人たちをとがめようとは小太郎は思わなかった。それよりも、いくら雛若の仇とはいえ、同時に雛若の故郷でもあった泉邑を破壊してしまったことに、あらためて後悔の念を覚えていた。

 昨夜ゆうべのことを思い出す。

 雛若はどう思うだろうかと小太郎は考えていた。雛若はもうなにも思えないのだと弥二郎は言った。そして、もし雛若が小太郎を褒めると思っているなら、そもそもそんなことを考えるはずがないと、弥二郎は小太郎の心の隙を衝いた。

 やりすぎた――と小太郎はあらめて思う。昨日は戦いで昂り宴に酔っていたからどうとも思わなかったが、一夜明けた今、落ち着いた心持ちで眼の前の光景を眺めると、自分のしたこととは言え、悲惨な状況だと思う。

「気にすんな」

 弥二郎が声をかけてきた。弥次郎はぴょんと跳んで小太郎の右に腰掛けた。

「過ぎたことだ」

 次に喜三郎が、小太郎の左脇に座った。

「やらなきゃ、こっちがやられてたかもしれないんだ」

 そう弥次郎が言った。喜三郎がそれに答える。

「いずれどっちかがやられるなら、自分たちを守ったのは正しい。結果的にな」

 昨日とはまったく逆な二人の言葉が小太郎の頭越しに交わされる。二人が小太郎の心中を覚って励ましてくれているだろうことは分かったが、どことなく小太郎には他人事ひとごとに聞こえた。

 小太郎はももひじをつき、両掌りょうてのひらで顎を支えてため息を吐いた。


「もしもし、そこのご三人方」


 背後から声をかけられた。調子の良い、若い男の声だった。

 平邑に、そんな声の者はいない。

 小太郎は座ったまま、上半身をねじって後ろを振り返った。

 およそ一じょうの距離をあけて、男がひとり立っていた。

 年齢は二十歳くらい。涼しげな顔に笑みを浮かべている。腰には細身の剣をげていた。

「真ん中のあなた、小太郎さんでござんすね」

 口許から覗く歯が、陽光を照り返して白く光った。

 胡散臭い――と小太郎は思った。明確な理由は説明できないが、警戒しろと本能が告げている。

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