胴の芯から熱が生まれた。

 熱は一気に身体全体を満たした。芯から胴全体へ、さらに四肢を走り、爪の先、髪の一本一本にまで行き渡った。

 小太郎は、喜三郎の腰から日緋色金の剣を抜いた。

「雛若さまの恨みだ」

 別水彦に駆け寄る。

 到達する前に、別水彦も地面から地上に出ていた。素早い動きで別水彦も日緋色金の剣を抜き、構えていた。

 互いの武器が交差する。

 鈴が鳴るような甲高い音が響き渡った。

「雛若さまに謝れ。びろ。頭を下げろ」

 打ち、突き、払う。間断なく攻撃を繰り出す。

 だが、やはり技では劣っていた。小太郎の攻撃を、別水彦は丁寧に、かつ無駄のない動きで受け止める。

「待て、待ってくれ」

 受け止めながら別水彦は謝った。顔に焦りの色が浮いている。それでも小太郎は攻撃をやめなかった。滅多矢鱈めったやたらに剣を振り回す。

 小太郎は前進し、別水彦は退いていた。

「待つんだ小太郎。罠かもしれない。それ以上進むのは危険だ」

 後ろから弥二郎が叫んだ。聞こえたし意味も理解したが、体が止まらなかった。

 攻めて攻めて攻めまくった。

 やがて小太郎の剣が、別水彦の頬をかすめた。

 隙をいたわけではない。そんな技を小太郎は持っていない。偶然だった。

 ぬう、と別水彦はうなった。

 あと一押しだ。

 小太郎がそう思った途端――。

「すまない!」

 別水彦が剣を投げ捨てた。素早くその場にひざまずき、額を地面にこすりつける。

 もっとも予想していなかった行動に、小太郎は戸惑った。あれほど煮えたぎっていた怒りがしぼむ。だが呼吸は浅かったし、熱もまだ引いてはいなかった。

「儂が悪かった。だから、だからゆるしてほしい。儂の命はくれてやる」

「どういう意味だ。命乞いじゃないのか」

「命乞いだ。だが、儂の命乞いではない」

「じゃあ、誰の――」

 小太郎がいた瞬間、また赤子の声が響いた。それに合わせて、女のものと思われる声も聞こえた。怯えているような、啜り泣くような声だった。

「悪いのはすべて儂だ。儂の命はやる。だから、子供と女たちは赦してやってくれ。それに、戦いに加わっていない者の命も助けてほしい」

 頼むこの通りだと別水彦は地面に伏した頭の上で両手を合わせた。

「何が――」

 何が赦してくれだよと小太郎は言った。

「雛若さまはそんな願い事を口にする前に死んじまったんだぞ。赦せるわけがねえだろ」

「儂はいい。だから子供と女と戦わなかった者たちは助けてくれ」

 小太郎の中で、黒い炎が燃えあがった。

「そこまで言うんだったら、望み通りにしてやるよ」

 小太郎は剣を振りかぶった。

 その手が、掴まれた。

 振り返る。

 喜三郎がいた。振りあげた小太郎の手を、喜三郎が背後から掴んでいる。

 力づくで振り払うこともできたが、そうはしなかった。

 小太郎は喜三郎の手から自分の腕をそっと抜いて、喜三郎と向き合った。

「ここまで謝ってるんだ。もういいだろう」

「良いわけがあるか」

「俺たちだって、この邑の人々をさんざん殺した。これ以上殺したら、買う恨みが大きくなるだけだ」

「恨み?」

 へん、と小太郎は鼻で笑った。

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