地から離れた黒尽くめたちは、風の中で回転していた。上下左右前後に滅茶苦茶めちゃくちゃに回転し、かつ高速度で小太郎たちの周囲を周っている。

 悲鳴は聞こえなかった。あまりの強風に息を吐くことも吸うこともままならないのだろう。

 やがて飃は家をも巻き込んだ。

 左右にある建物が軋んだ。

 根本から抜けた。

 浮く。回転する。

 回転に合わせて、風に溶けていくかのように建物はもろもろと崩れ去っていった。

 家は瓦礫となって乱舞する。

 その瓦礫が、共に飛んでいる黒尽くめたちを襲う。

 柱が頭を砕き、石が胸を潰し、はりが腹を貫通する。

 瓦礫と人が揉みくちゃとなって穢らわしい粘液ねんえきと化した。

 小太郎はそれでも気をしずめようとはしなかった。

 まだ前方に見える屋敷が無傷だったからだ。

 別水彦のものと思えるこの屋敷を、放ってはおけなかった。

 小太郎は再度風を感じた。

 竜を思い浮かべる。

 飃はいよいよ強さを増した。

 直径が広がる。

 飃の外側が、屋敷に触れた。

 のきが砕けた。

 壁が吹き飛び、床が散った。

 屋敷はあっという間に瓦礫と化して、粘液と混ざった。

 小太郎は気を緩めた。

 飃がおさまった。

 轟音が静まった。静けさが耳の奥に響く。

 邑はなくなっていた。

 建物だった木材や草や土が、小太郎たちのまわりに円状に積み上がっている。


 小太郎は、泉邑を完全に破壊した。


 加虐嗜好的かぎゃくしこうてきな達成感が湧いた。

 初めて人を殺したときと同じ感情が芽生えたが、それが今は苦痛ではなく快感だった。

「ここまでする必要があったのか」

 喜三郎が囁いた。その囁きが、小太郎の胸を引っ掻いた。

「あったに決まってんだろ。やらなきゃやられてた」

「それなら、黒尽くめたちを倒したところで風を止めさせるべきだった。倒したあとに風をいっそう強くする意味なんてなかったはずだ」

 そうだと小太郎は思った。本来ならあそこでやめるべきだったと小太郎も思う。だが、やめられなかった。理由は、小太郎自身にも分からない。

「なぜ、風を強めた」

 喜三郎の問いに、小太郎は答えられない。

「なんとか言わないか」

 喜三郎が小太郎の胸倉むなぐらに手を伸ばす。

「待て、なにか聞こえる」

 弥二郎が両手を水平に伸ばした。

 喜三郎が動きを止めた。小太郎は耳を澄ます。

 はじめは猫の声かと思った。

 違った。

 猫の声よりも長く響く。

 赤子だと小太郎は察した。

 視線を散らせて声の元を探る。

 円状の瓦礫を超えた先。

 さっきまで屋敷が建っていたその跡から、声は聞こえた。

「あそこだ」

 小太郎はそこへ向かって駆けた。

「誰だ。いるなら出てこい」

 駆けながら小太郎は叫ぶ。


わしだ」


 地面から何かが生えた。

 人の頭だった。毛先が上を向いた、太い眉と揉み上げ。

 別水彦。

 絶対に忘れられない顔だった。

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