8・黒き炎

 敵が立ちはだかった

 横に広がって壁になっている。

 小太郎は恐れなかった。味方も恐れていない。むしろたけっている。

 恐れているのは敵だった。

 腰が引けている。声をあげない。体が震えている。

 小太郎は構わず進んだ。両脇を喜三郎と弥二郎が固めている。背後にはイカリ。

 前方には味方の邑人むらびとたちがいた。

 邑を出るときに、先頭にはおいらが立つと小太郎は言ったのだが、邑長を危険にさらすわけにはいかない、後ろでひかえていてほしいと強く言われたので、仕方なく小太郎は最後尾についた。さらに邑人全員が戦いに加わることを望んだのだが、隙をつかれてカイナ神社を狙われた失敗があったので、昂ぶる邑人たちを説得して半分は残してきた。

 日緋色金の剣は喜三郎が持つことになった。小太郎には怪力と風の力がある。弥二郎の武器は釘だ。投げる武器には、剣にはない強みがある。ならば同じ接近戦で鎌を振るう喜三郎が持つべきだと弥二郎が提案したのだ。

 邑人たちが前、その後ろに小太郎。その順番で邑を出た。前は泉邑の人々が登ってきた道を、今度は平邑の人々が降りていく。

 道の傾斜は少しずつなだらかになり、やがて平になった。

 森が薄くなり、やがて視界がひらけた。

 そして――。

 泉邑の人々と遭遇したのだ。

 わっと平邑の人々は声をあげた。手にした武器を掲げ、突き進む。隊列は乱れていたし、武器の構えもおろそかだったが、平邑には勢いがあった。怒りも恨みもあった。何より小太郎の怪力と風の力もあった。

 絶対に負けないという思い込みが、邑人たちをたかぶらせている――小太郎はそう見ていた。

 味方が敵に突っ込んだ。

 敵の陣形が乱れた。突っ込んだところから、その横長の陣形は割れた。まず縦に割れ、次に横に裂けた。陣は砕けて隊となり、隊は散って個人となった。

 入り乱れての戦いとなった。

 平邑の者も何人かは傷を負ったが、負傷しつつも倒れはしなかった。負傷はむしろ、痛みと屈辱に怒り狂ってさらに激しく敵を襲った。

 平邑の人々は雄叫びをあげ、泉邑の人々は悲鳴をあげた。

 やがて泉邑の人々が逃げはじめた。

 一人が背中を向け、別の一人が武器を投げ出す。

 恐怖――それ敵に広がるのを小太郎は見た。

 広がるのは早かった。敵は傷ついた味方を見捨て、死んだ仲間を踏み越えて邑の奥へと逃げていく。

 平邑の人々は止まらなかった。小太郎も止めようとは思わなかった。平邑からも死者は出た。負傷者も多くいる。それらを心配する気持ちはかなかった。動けない者には目もくれず、動けるものは前進する。負傷者ほど前に出た。

 まばらに建つ家々の合間を駆け抜けていく。

 やがて巨大な屋敷の前に出た。

 地面に立てた柱の上に床が張られ、壁を立てて屋根が載っている。

 邑長の屋敷だろうと小太郎は思った。雛若の屋敷と、造りが同じだったからだ。

 一同は止まった。猛っていた平邑の邑人たちの熱が、少しだけようやく冷めた。

 屋敷との距離はおおよそ三十けん

 小太郎は邑人たちを押し分けて先頭に出た。止める声もあったが、小太郎は手をそっとかざしてそれをさえぎった。

 いる。

 雛若を殺した別水彦わけみずひこが、ここにいる。

 根拠のない確信のもと、小太郎は声を張りあげた。

「出てこい。別水彦」


「これ以上は進ませない」


 返ってきたのは別水彦の声ではなかった。複数の、男の声だった。

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