しかし男――千代包――は横にい、体をけ反らせてそれを躱し続ける。

 最後にもう一度左手を出した。

 掴んだ。千代包の衣の胸倉むなぐらを。

 ぬ、と千代包はうなった。

 このまま投げ飛ばしてしまおうと小太郎が腕に力を込めたときだった。

 杖が飛んだ。

 千代包が握っていた黒い杖が、ふわりと上昇して小太郎の頭上で静止した。

 先端が小太郎の頭に向いている。

 唖然あぜんとした。まるで独立した生き物のような動きだと思った。それ以前に、はねが生えているわけでもないのに空中にとどまっていることが信じられなかった。

 杖が降ってきた。

 矢のような、鋭く早い動きだった。

 小太郎は咄嗟に回避した。千代包の胸倉から手を離し、後ろへ飛び退く。

 杖は砂利を貫いた。

 再び宙に浮く。先端が小太郎を向いていた。その動きを小太郎は見定める。

 来る。

 再び小太郎は跳んだ。

 が、飛んだところに千代包が待ち構えていた。

 襲いかかってきた。拳による突き、そして蹴り。

 連続で放ってくる。

 避けるので精一杯だった。隙を衝いて再び掴みかかろうと思ったが、そんな余裕はなかった。

 距離を取ろうと再び跳んだ。

 着地する。

 激痛が走った。

 肩だ。

 宙に浮いていた杖が、小太郎の肩を強打したのだ。

「うわッ」

 小太郎はその場に崩折くずおれた。

 膝をつき、肩を抑える。

「どうした」

 千代包が問うた。両腕を斜め下に軽く広げ、ゆっくりと歩いてくる。歩きながら、千代包はおおらかな声で言う。

「さっきまでの勢いがないじゃないか。この場所を犯されて黙っているわけにはいかにのではなかったのか」

 違うのか、どうなんだと問う声色はあくまでおおらかだ。声色と態度に落差がある。小太郎は歯を食いしばる。殺されるかもしれないと思った。

 ふふふふ、と千代包はわらう。

「ここが年貢ねんぐの納め時のようだな」

 千代包は剣を抜いた。

 その刃が赤く輝いていた。


 日緋色金ひひいろかねの剣。


 小太郎は唾を飲んだ。

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