鉄の中でもさらに強靭きょうじんな鉄で作られた無敵の剣。斬れぬものはなく、いくら斬っても刃毀はこぼれひとつしない最強の武器。

 小太郎はその恐ろしさを目にしている。

 体が震えた。

「覚悟せよ」

 千代包が刀を振りかぶる。

 小太郎は目を瞑った。

 そのときだ。


けまくもかしこ出雲いずもの神よ」


 どこからか声が聞こえてきた。高くも通る声だった。まるで声の柱が空気を貫いて届いてくるかのようだった。

 顔をあげると、千代包は剣をおろしてあたりを見渡していた。

何奴なにやつだ」

 どこへともなく大声で問いかける。

 直後、風が吹いた。

 枯れ葉が舞い、着物の裾がはためく。

 再び声が響いた。


幽冥かくりごと主宰しろしめ大神 おおかみよ」


 とてつもない早口だが、発音の一つ一つを小太郎は聞き取ることができた。

 風がさらに強くなった。小石が浮き、木立こだちなびく。しかし不思議なことに、かなりの強風が起きているにも関わらず、小太郎はほとんどその風にあおられることはなかった。

 一方、千代包は腰を落とした体勢で両腕を胸の前で交差し、風圧に耐えているようだ。


真日長まけながえしふずくみを力として我が身に与えたまえ」


 ごう、と風がえた。見えない奔流ほんりゅうがすべてを飲み込み、渦を巻く。

 木が二本倒れ、社殿の屋根のかやたばになって飛んでいった。

 それでも小太郎だけは飛ばされなかった。

 千代包はいっそう腰を低くして耐えている。衣が狂ったようにはためき、長い髪がどろどろとる。剣は地面に落ちている。

 渦はとどろき、再び奔流となった。

「ぬあッ」

 ついに千代包の体が浮いた。

 浮くと同時に――。

 千代包の体が縮んだ。小太郎が胸に抱えられるほどの小さな黒いかたまりとなった。

 塊は、からすだった。

 鴉と化した千代包は激しく回転しながら、飛ぶというよりもいった。

 風がおさまった。

 小太郎はしばらく呆然とたたずんでいた。

 何が起きたのかわからなかった。あの千代包という男はなんだったのか。この神社に何をしに来たのか。

 何より、あの声の主は誰だったのか。


「よう」


 声の主が姿を現した。

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