6・天下を齎す男

 弥二郎の予想は当たっていた。

 カイナ神社には敵がいた。

 小太郎は神社を囲む木立の合間からその姿を眺めている。

 背中しか見えないが、泉邑の人間ではないことはすぐにわかった。見たことのない装束を纏っていたからだ。

 黒いかんむりに黒い衣、そして黒い杖を握っている。腰には剣も提げられていた。そのさやも黒い。全身が黒づくめだ。背はそれほど高くはないが、肩幅が広い。髪は背中まで伸ばされている。

 そんな姿の者は泉邑にはいない。もちろん平邑たいらむらにもいない。だが、敵であることはわかった。あの戦いに平邑の味方として参加せず、しかも雛若が近づいてはならないと言っていたカイナ神社に人知れずこうして近づいたからだ。そんな奴は、正体がなんであろうと敵だ――それが小太郎の判断だった。それが極端な判断であることに、今の小太郎は気づくことができなかった。

 漆黒しっこくの侵入者は砂利を踏み鳴らしながら本殿へ近づいていく。

 雛若も知らない様子だったが、ここには人が触れてはならないがあるということだった。

「待て!」

 小太郎は木立の合間に茂るささをかき分けて駆けた。

 笹薮を抜けた。

 砂利の上に出た。

 侵入者の前に立ちはだかった。

「誰だ、貴様は」

 侵入者が柔和な顔でいた。目の細い男だった。それはこっちの台詞せりふだと小太郎は反対にき返した。

「ほう、これはまた威勢いせいのいい小僧だ」

 男は子をいつくしむ父のようにほがらかに笑った。その落ち着きっぷりがまた小太郎を刺激した。

「誰だっていてンだよ」

 口調がきつくなる。しかし男は落ち着いた様子であごでながら、そうさなァと呟いた。

千代包ちよかね――とでも名乗っておこうか」

だと」

 巫山戯ふざけんなと小太郎は激昂した。

「どこの誰かわからないような奴に、ここを犯されて黙ってられるか」

 小太郎は掴みかかった。掴んでしまえば勝てると小太郎は思っていた。力での勝負に持ち込めば、まず負けはない。

 かわされた。

 さらに左手で掴みかかった。それも躱された。

 連続で掴みかかる。右手と左手、交互に。

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