「その通り。大和国は年々その勢力を拡大している。その支配の手はいずれここにも及ぶだろう」

「その前に周辺の邑を支配下において対抗しうる勢力を持ちたいとでも考えたか」

「まさしく」

巫山戯ふざけるな」

 たまらず小太郎は叫んでいた。だからって雛若さまをあんな目に遭わせる理由にはならねえだろと怒声どせいを浴びせる。

「勢力が必要なら協力することだってできるはずだ。なぜ攻めてきた。なぜ雛若さまに槍を投げた」

 答えてみろと凄む。

 しかし別水彦は動じなかった。涼しい様子で天を仰ぎ、体の正面を小太郎かららせる。これだから山猿は考えが足りぬというのだと呆れ声で言った。

「なに」

 再び激昂しそうになる。それより先に別水彦が、協力では足りぬのだと大声を出した。

「もし大和と対抗するならこちらも一枚岩でなくてはならない。だが協力などという生ぬるいものでは一枚岩にはなれない。だから支配するのだ。それに、守るだけでは足りぬ。儂は大和を倒した後に――」

 別水彦は小太郎を見て言った。


「天下を穫るのだ」


「天下――」

 その言葉に、小太郎の心はしぼんだ。さっきまでははち切れんばかりだった胸が、急速にその張りを失った。

 

 それは幾度となく弥二郎と語り合ったことだ。

 はじめは深く考えていなかったことだが、敵を殺したときにはじめて、それが楽しいばかりのことではないと感じた。

 そして今、また天下を穫ることの苦しさを知った。もはや理不尽ささえ小太郎は感じた。

 天下獲りなど目指していいのだろうか――そんな揺らぎが生じていた。

 だが、今は止まっていられるときではない。平邑に攻め込んできた敵の頭目とうもくが目の前にいるのだ。しかも最強の剣を持って。

 小太郎は弥二郎に視線を飛ばした。

 弥二郎も小太郎を見ていた。かすかにうなづき合い、息を合わせる。

「別水彦!」

 弥二郎が叫んだ。別水彦がそちらへ顔を向ける。

 その一瞬の隙をいて、小太郎は手の中に残っていた銅剣を別水彦に向かって投げた。

 ほぼ同時に、弥二郎が釘を放つ。

 どちらも別水彦には当たらなかった。別水彦はまず銅剣を斬り落とし、次に釘を弾き飛ばした。

「甘いわ」

 別水彦は勝ち誇る。直後、その顔が引きった。

 両目が見開かれ、片頬が痙攣けいれんする。

 ゆっくりと、別水彦は体を反転させた。

 背中に――鎌が刺さっていた。

 放ったのは、喜三郎だった。

 小太郎たちが会話をしている最中に、別水彦の背後に回り込んでいたのだ。

「よくやった喜三郎」

 弥二郎が褒めた。

「さすがだ喜三郎」

 小太郎も讃えた。

「おのれ、よくも」

 悔しげな声を漏らす別水彦の動きは緩慢かんまんになっていた。

「覚悟しろ」

 小太郎は近くにあった倒木を抱えあげた。動きの鈍くなった今なら、それで叩き潰せると思ったのだ。だが、弥二郎に止められた。

「なんで止めンだよ」

 抗議する小太郎の耳元に、弥二郎は口を寄せてささやいた。

「怪我人が相手なら俺たちでなんとかなる。それよりもカイナ神社が気になる。おまえはそっちを見てきてくれないか」

「そうか、これはヨードーだったな」

 小太郎は頷いた。

 カイナ神社に向かって走った。

 弥二郎と喜三郎、そして雛若の身を案じる思いを断ち切って。

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