小太郎はそれを止めようとは思わなかった。弥二郎も止める素振りは見せない。

 心配なのは雛若だった。

 いまだ意識を取り戻さない雛若は、地面に横向きに寝かされている。

「ずいぶんと味方が減ったではないか」

「くそ!」

 小太郎は吐き捨てた。半分になった銅剣を握る手に、力がこもる。今すぐ殴り飛ばしたいがそれができない。

 せめて怒鳴りつけた。

「貴様! 雛若さまとは幼馴染じゃなかったのか。今の雛若さまを見ろ」

 倒れたままの雛若に人差し指を向ける。

「貴様のせいで死ぬところじゃねえか。雛若さまはな、本当はこの湖の水をいっぺんに流しちまいたかったんだ。だがそうはしなかった。なぜか分かるか」

 泉邑そっちにはお前がいるからだと小太郎は叫んだ。

「幼馴染のな。それに、追い出されたとはいえ泉邑を故郷だと思っていたからだ。そんな雛若さまをてめえは――」

 声が震えたので、小太郎は一度つばを飲んだ。そして、なのに、と言葉を続けた。

「なのに、おまえは雛若をどうとも思わねえのかよ」

 別水彦は目を見開いた。息を呑んだのか、喉仏が上下に一度動く。明らかに動揺している。だが、その動揺はすぐに引っ込んだ。咳払せきばらいをして、再び声を張った。

「知ったことではない。生き残るためには強くなければならない。そのためにはどんな過去があろうと、取り込めるうちに取り込むしかないのだ」

 意味がわからなかった。小太郎を含めて平邑の人々は、強くなろうとなど思っていない。それで生き残れなくなるとも思えない。

 なぜ強くなる必要があるのか。

 それにというのはどういうことなのか。何を取り込むというのか。

 ともすれば喉を裂くほどの怒鳴り声を出してしまいそうになるのを抑えつつ、小太郎はそれらの疑問を口にした。

 別水彦は口をへの字に曲げて、鼻から大きく息を吐いた。

「怪力の持ち主とは言え、しょせんは小僧だな。しかも山に囲まれた邑の中に閉じこもっているばかりの井の中のかわず――いや」

 山の中の猿と言ったところかと別水彦は皮肉げに笑う。

「なんだと」

 抑えていた怒りが喉からややあふれる。それを弥二郎が止められた。

「待て小太郎。ここは話を聞くべきだ」

 弥二郎は小太郎にてのひらを向け、別水彦にいた。

「今の話はどういうことだ。取り込むとは、まさか平邑を泉邑の支配下に置こうとしたということか」

 別水彦は口の片端をあげ、その通りだと言った。

「そっちの小僧はまだものが分かるようだ。お前の言うとおりだ小僧。おまえは知っているか、大和国やまとのくにを」

「名前くらいはな。この島で最も大きな国のだったと思うが」

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