銅剣の刃が――。

 手前の半分を残して――。

 落ちた。

 そこでようやく、小太郎は事態を理解した。

 別水彦の剣を折るか、自分の剣が折られるか――小太郎が想定していた結果はそのどちかだった。だが、実際はそのどちらでもなかった。

 負けたのは小太郎の剣だが、折られたわけではなかった。小太郎の剣は――。


 


 小太郎は戦慄せんりつした。剣が剣に斬られるなどということが、あるとは思ってもいなかったからだ。同時に、理解した。なぜ別水彦が刃を立てのかを。

 別水彦ははじめから、小太郎の剣を切断するつもりだったのだ。

 別水彦が再び高笑いした。

「強きはもろく、弱きはするどい。知識の前に、策など無力なのだ」

「知識? なんのことだ」

 半分になった銅剣を持ったまま、小太郎は後退あとじさった。

「知れたこと。剣の成分のことよ」

 小太郎が後退ると当時に、別水彦は進んだ。互いの距離は変わらなかった。

 あのときの逆だと小太郎は思った。

 あのとき――カイナ神社に来た別水彦に小太郎が奇襲をかけたときのことだ。あのときは別水彦が引き、小太郎が迫っていた。今は立場が逆転している。

「成分?」

 奥歯を噛み締めながら、小太郎はさらに引く。

 そうだ成分だと別水彦は言った。赤く輝く剣の先を小太郎に向ける。

「おまえの剣は銅。わしの剣は鉄。銅が鉄に勝てるわけがない。しかもこの剣に使われている鉄はただの鉄ではない」

「なに?」

「この剣に使われている鉄の成分、それは――」

 別水彦は剣を天に掲げて言った。


日緋色金ひひいろかね


 わからなかった。鉄と銅の違いも小太郎にはよく分かっていない。鉄の中の、さらに細かい区別などつくわけがなかった。

 だが、すぐに弥二郎が反応した。

「日緋色金。聴いたことがある。きんよりも重く、金剛石こんごうせきよりもかたく、一度生成されれば決してびることがない。永久不変にその姿を保つという伝説の鉄だ。鉄板を縫い込んだ暖暖丸を着込んだ雛若さまの背中を貫けるわけがないと思っていたが、短槍の穂先が日緋色金で出来ていたならそれも可能だ」

さといな小僧。そう、この剣は無敵だ。この剣に斬れぬものはない。岩も銅もそこらへんの鉄でも簡単に一刀両断できる。いくら斬ろうが刃毀はこぼれひとつしない」

「気をつけろ小太郎。そいつの言うことは本当だ。いくら小太郎が怪力の持ち主だろうと、切れ味の鋭い日緋色金の剣の前には無力だ。岩を投げつけようが丸太を投げつけようが意味がない。斬られてしまう。力の勝負に持ち込めば小太郎が勝つだろうが、近づく前に斬られるぞ」

 弥二郎の言葉を聞いて怯えたのだのだろう。邑人の一人が持っていた槍を取り落とした。

 続いて二人が後ずさった。

 三人が背中を向けた。

 あとは雪崩なだれとなった。邑人たちは叫び、転び、つまづき、押し合って、我先われさきにと逃げだした。

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