しかし別水彦を追い詰めることはできなかった。別水彦は小太郎の剣を受け、かわし、ときに流した。

 さすがは武芸に打ち込んできただけのことはある――口にこそ出さなかったものの、小太郎は内心感嘆かんたんしていた。

 これが武芸か。雛若に馬鹿と言われるほど武芸にのめり込んできた結果がこれか――小太郎はその差に絶望感を覚えはじめた。

 息が切れている。腕もしびれている。負けないまでも、勝てる気もまたしなかった。

 別水彦が高笑いをした。

 甲高くも濁った声。耳障りだった。

 別水彦は剣の切っ先を小太郎に突きつけた。

「それが貴様の限界だ。技なき力に、力ある技は負けぬのだ」

 そうかもしれないと思った。だが、引く気にはなれなかった。

「そうかな」

 あえて笑みを作ってみせた。

 小太郎はまだ秘策を秘めていた。

 技なき力は、力ある技に勝てないかもしれない。だが――。


 


「決め台詞は、勝ってから言いやがれ」

 小太郎はんだ。

 一尺ほどの高さまで浮いた。

 空中で剣を大上段に構える。

 体が落ちはじめた。

 剣に落下速度を乗せて斬りかかる。

「無駄なこと」

 別水彦は頭上で剣を横にした。刃を寝かせる。

 何度も見た構えだ。小太郎の剣は確実に受け止められる。だが、それを小太郎は待っていた。

 受け止められるなら――。

 そのまま別水彦の剣をへし折ってしまえばいい。

 それが小太郎の策だった。策とも言えない策だったが、技で劣っている以上、どうしても力で押し切るしかなかったのだ。

 もっとも、折れるのは小太郎の剣かもしれない。その恐れはある。それでも勝算はあった。

 別水彦の持つ、赤く輝く剣は細身だ。切れ味はするどそうだが、打撃には弱そうだった。対して小太郎が持つ剣は、厚みのある銅剣だ。重みもある。切れ味はいまいちだが、打撃には強い。

 この戦いは斬り合いではない。折り合いだ。刃の頑丈な方が勝つ。それが小太郎の読みだった。

 別水彦の剣が迫る。

 互いの剣が接触するその直前――。

 別水彦が刃を

 思いも寄らない動きだった。今までは、受けるときには刃を寝かせていた。それは剣同士がぶつかったときに刃毀はこぼれするのを避けるためだ。技を知らない小太郎でも、それくらいのことはわかっていた。それなのに――。

 立てのだ。

 なぜだと考えるいとまなど、もちろんない。

 剣が接触した。

 衝撃はなかった。

 剣と剣がぶつかる瞬間の衝撃が当然あるものだと思って身構えていただけに、また受け流されたのかと思った。

 着地した。

 一瞬の静寂があたりを包む。

 握っている剣が、やけに軽かった。

 その理由は、すぐに知れた。

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