5・夢

「くっそう、誰だ。誰がやりやがった!」

 小太郎は叫んだ。腹の底から怒りをほとばしらせた。自らの声が、自らの耳にわんわんと響く。

 周囲に集まる人垣を掻き分けてその外へ出た。


「ぬかったか」


 声が降ってきた。

 見あげる。

 いた。

 道へ通じる崖の裂け目の、その上に――。

 人影があった。

 遠目ながらにその風貌は見えた。

 大柄な体つきに、腕を覆う剛毛。眉も揉み上げも太く、毛先が上を向いている。

 別水彦わけみずひこ

 泉邑の邑長。

「しくじったのなら仕方がない。おのれの腕で始末をつけるまでのこと」

 別水彦は、高さおよそ一じょうはあろうかという崖の上から飛び降りた。

 土埃つちぼこりをあげて着地した。

 小太郎は人垣の中へ戻った。

 雛若の意識はまだ戻っていなかった。背中に刺さった短槍はそのままだ。喜三郎が雛若の上半身を起こしている。それが正解だと小太郎は思った。下手に抜いては血が流れ出てしまうからだ。

 雛若に寄り添いたい気持ちを抑えて、小太郎は雛若の腰に手を伸ばした。

「借りるぜ、雛若さま」

 雛若の腰に提げられた剣を引き抜く。厚みのある銅剣だ。

 再び人垣の外へ出た。

 別水彦も剣を抜いていた。

 見たことのない剣だった。刃の長さはおよそ三尺。長い。しかも刃が赤く輝いている。

 小太郎は恐れた。だが、怒りがまさった。

 怒りは喉を裂く雄叫びとなった。

 小太郎は地面を蹴る。

 別水彦に迫る。

 彼我ひがの距離が一尺ほどに縮んだ。

 小太郎は剣を振りあげた。

 振り下ろす。

 別水彦が自らの剣を頭上で横にした。刃を寝かせる。その刃の横腹に、小太郎の銅剣がぶつかった。

 がき、と激しい音が鳴る。衝撃が手首から腕を通して肩にまで届いた。

 一歩引いた。

 今度は右から横薙ぎにした。

 それも受け止められた。別水彦が縦に構えた剣に、小太郎の剣は弾き飛ばされてしまった。

 次に左から斬りつけた。それも受けられてしまった。

 あきらめなかった。

 小太郎は何度も剣を振った。斬り下ろし、斬り上げ、横へぐ。

 そこに技はなかった。小太郎は技を知らない。ただ力と速さに任せて剣を振るだけだ。声を張り上げ、ひたすらぶつかっていった。

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