「何があろうと、盗まれちゃいけないって雛若さまが言ってるものがあるんだ。だったら俺たちはそれを守らなきゃならない。違うか」

「その通りだな」

 喜三郎はいさぎよく頷いた。

「だったら早く行くぞ、カイナ神社へ」

 言い終わる前に、小太郎は駆け出していた。

 その背中を、弥二郎は追おうとした。

 そのときだった。

 光がはじけた。

 空で、細長い何かが、陽光を照り返して赤くきらめいた。

 槍だった。しかし短い。持って敵を突く槍ではなく、投げて敵をつらぬ投擲とうてき用の短槍たんそうだ。赤く燦いたのは、その穂先だった。

 空を切り裂いて短槍は飛ぶ。

 短槍は一直線に小太郎の背中に向かっていた。

 弥二郎は咄嗟とっさに釘を投げた。短槍に当てて、その軌道をずらそうと思ったのだ。だが釘ははずれた。

 二本目を放つ余裕はない。

「危ない!」

 そう叫ぶのがやっとだった。

 小太郎が振り返る。

 赤い影が横切った。

 左から右へ。

 その影に、小太郎は突き飛ばされた。

 影は雛若だった。赤かったのは暖暖丸を着込んでいたからだ。その暖暖丸を――。

 短槍が貫いた。

「うッ」

 雛若は短く呻いてうつ伏せに倒れた。

「しっかり!」

 もともとそばにいた喜三郎が、雛若を助け起こす。

 突き飛ばされた小太郎はやっと身を起こしたところだ。目をしばたいて辺りを眺めている。何が起こったのが分かっていないのだろう。だがその目がすぐに見開かれた。視線は雛若を射ている。

「雛若さま!」

 腰をあげ、すぐに雛若に駆け寄ってきた。

 弥二郎も雛若の近くまで走った。

 地面に片膝をついて、その顔を見つめる。

 蒼白だ。

「雛若さま」

 声をかけるが返事がない。

 胸に手を当てた。鼓動が感じられた。

 まだ命はその灯火ともしびを保っている。

 三人が雛若を取り囲むその外側に、ほかの邑人たちも群がっている。

 口々に雛若の名を呼ぶ。しかし返事はない。

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