「まさか別水彦のやつ――」

 眉尻を釣り上げて言う。


「ものすごく頭が悪いのではないか」


「違う」

「そこまで頭が悪いのはたしかに可怪おかしい」

「だから違う。本当にそうならいいけど、たぶんそうじゃない」

 断言する喜三郎を否定してから、弥二郎は口調をあらため、

「俺が考えるに今回の攻撃は――」

 陽動ようどうですと言った。

「ヨードー?」

「そうです。泉邑が攻めてくると分かってから今まで、俺たちはずっとここに張り付いていました。つまりここ以外は現在手薄てうすとなっているということ。もしかしたら今、ここ以外のどこかが襲撃を受けているかもしれません」

 ちょっと待ってと雛若が止めた。

「この道以外にこの邑へ入ってこられる場所なんてないよ。これだけ高い崖に囲まれるんだからね」

「恐れ入りますが雛若さま。それは思い込みというもの。この崖も地面の延長上にあるものに違いありません。時をかければ登ることもできます。もし今回の襲撃よりもずっと前から、崖の外側に敵の別働隊が回り込んでいるとしたら、入り込むことは充分じゅうぶんに可能と考えられます」

 不穏な空気が満ちた。小太郎を胴上げしていたときの陽気さはすっかり失せてしまっている。年寄りも若者も男も女も、小太郎も喜三郎も、そして雛若さえ不安げな顔をしている。

「雛若さま。もしこの邑の中に襲われてはならないところがあるとしたら、それはどこですか」

「襲われてはならないところ?」

 雛若は視線をあげた。記憶と思考を巡らせているところだと弥二郎は思った。それを邪魔してはならない。

 弥二郎は雛若を待った。

「あ」

 急に雛若が大声をあげた。

「思い当たるふしがあるのですね」

 あるよと雛若は言った。どこですかと尋ねる。


「カイナ神社だ」


「カイナ神社?」

 どこだそれは、と弥二郎は一瞬戸惑ったが、すぐに思いいたった。そうだよと雛若は答える。

「私がいつもお参りしている神社さ」

「あそこは、カイナ神社っていうのかい」

 地面に落とされて伸びていた小太郎が駆けてきて、雛若の前に膝をついた。

「そう。みんなは知らなかったみたいだね」

 邑人全員がうなづいた。

 弥二郎も知らなかった。

「あの神社はね、私の親父が作ったんだ。先代の邑長だよ。ここに引っ越してきたときに僅かな仲間とともに作ったんだ。その仲間はもうみんな死んでしまったみたいだけどね。でも私は聴いているよ。あの神社について」

 って言ってもそんなに知らないんだけどね、と照れるように雛若は笑った。短い髪を片手で撫でるようにして体をくねくねさせる。照れ隠しなのか、あるいは話の内容が期待外れだったと思われた場合に備えて予防線を張ったのか、弥二郎には見分けがつかなかった。

「大昔の話。神さま同士の喧嘩があったんだってさ。そのときに負けた神さまが、勝った神さまに大切なものを取られないように何かを隠したんだって。うちの親父はさ、それを受け継ぐ家系だった。だから泉邑からこっちへ移るときに、ソレも一緒に持ってきた。それで誰にも盗まれないようにカイナ神社にソレを隠して御神体としたんだって」

に、――か」

 謎が多いなと喜三郎が呟いた。私もそう思うよと雛若も同意を示した。

「そのが何なのかは私も聴いてない。ただソレを手に入れた者は――」

 雛若はなにかを飲み込むようにしてから、


「王になれるらしいよ」


 と言った。

「王に?」

 あまりに壮大な言葉に、声を上げずにはいられなかった。そうさ王だよと雛若は深く頷く。

「でも絶対に盗まれてはいけないものだし、手にしてもいけないものだって聴いてる。私が毎日カイナ神社へお参りに行くのは、お参りの意味ももちろんあるけど、それより、そこに隠されている御神体が盗まれていないか見守るためって意味でもあるんだ。だから、もしこの邑で襲われてはいけない場所があるなら、カイナ神社だ」

「しかし、いったいそこに何があるんだ」

「考えてる場合かよ」

 喜三郎の疑問を、小太郎の大声が断ち切った。

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