敵は入り乱れて団子状態になっている。

 そこに、岩は落ちた。めりめりと木を潰しながら、ずうんと岩は地面に沈んだ。

 さっきよりも多くの、しかも悲痛な声がこだました。

 谺はすぐにおさまった。

 落下した岩の下から、腕や足が覗いていた。

 小太郎は顔をそむけた。

「逃げろ」

 敵から声があがった。

 一人のあげた声だった。

 だが声は次第に増え、やがて全体に行き渡った。

 敵が背中を向けて駆け去っていく。怪我をして動けない者は助けを乞うが、誰も助けようとはしなかった。

 動けない者を除いて、敵は全員、水が川を流れるかのように去った。

「勝ったぞ」

 今度は背後から声があがった。

 その声が次の声を呼び、やがて邑人全員の声が混ざり合い、喚声かんせいとなった。

 喚声には小太郎を称える声も混じっていた。小太郎が敵を倒したと男の声が讃え、小太郎のおかげで邑が守られたと女が褒めた。

 小太郎は邑へ戻った。

 道を登り、崖の隙間を抜ける。

 途端に体が浮いた。

 持ち上げられたのだ。邑人全員に。

 胴上げが始まった。

 やったぞ小太郎。さすがだ小太郎。誰が言い出したかわからないが、邑人たちはいつの間にか声を合わせて合唱している。小太郎は何度も何度も宙に舞っては落ち、落ちては宙に舞いあがった。

 景色が上下し、たまに回転する。

 自由にならない視界の端に、喜三郎の姿が見えた。普段はあまり表情を見せない喜三郎の顔に、今ばかりは笑みが浮いていた。

 雛若の姿もある。雛若はいつも以上に相好そうごうを崩していた。

 人を殺した罪悪感など、もう消えていた。小太郎の心は、今や高揚感こうようかんに満たされていた。本当に天下を獲れるかもしれない――そんな高揚感だ。


 弥二郎も高揚感を覚えていた。

 天下を穫る――それが現実味を帯びたことによる高揚感だ。

 邑人たちとともに、弥二郎も小太郎の胴上げに加わっていた。

 だが、考えてみると可怪おかしい。

 今回の泉邑の襲撃には違和感があることに胴上げをしながら気づいた。

「可怪しいな」

 胴上げから外れてそう呟いた。

 その呟きが邑人たちにも聞こえていたようだ。

「え」

 全員が声をそろえて弥二郎を見た。

 ぐちゃり、と小太郎が地面に落ちた。ぎゃ、という呻きが聞こえた。

「何が可怪しいんだい」

 雛若が尋ねる。あまりにも単純なのですと弥二郎は答えた。

「考えてみてください。平邑には小太郎という怪力の持ち主がいることを、泉邑の連中も知っているはず。とくに邑長の別水彦は痛い目にあっているのです。であれば、この道を攻め上ってきたら岩を投げられるくらいの予想はつくというもの」

 まだ動けない敵が残っている道を、弥二郎は指差す。

「にも関わらず、敵は単純にこの道を攻め登ってきて、単純に退却していった。不自然ではありませんか。なにも手を打たずに攻めてくるというのは」

 そう言われるとたしかに不自然だねえと雛若も首をひねった。

「変だけど、それが何を意味すると思うんだい」

「まさか」

 弥二郎より先に、喜三郎が声をあげた。

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