3
「おお」
邑人たちが、恐れと称賛の籠もった声をあげた。自然と左右に割れる。その間を小太郎は進んだ。
崖の裂け目の手前で止まる。
敵が見えた。
約二間の距離を隔てたところに、敵が溜まっていた。
あれだけの攻撃を受けたのだ。とくに先頭に立っている者は後退したくて仕方がないはずだ。しかし後ろから来る味方に突き上げられるから退きたくても退けない――そんなところかなと小太郎は思った。先頭集団は前進も後退もならず、道の脇に茂る藪へはみ出している。
倒れている者、尻餅をついている者、失禁している者、さまざまだ。武器を投げ出して背中を向けている者さえもいた。
敵は揉めに揉めていた。だが岩を持ち上げた小太郎を見た者から順に声を失っていった。同時に動きも止める。
やがて敵は静まり返った。
怯えていることが小太郎にもわかった。可愛そうだと思ったが、敵に同情している余裕はない。
「喰らえ」
もっとも敵が密集しているところをめがけて、小太郎はまず左の岩を投げた。
悲鳴があがる。
地響きに似た鈍い音をたてて、岩は地面にめり込んだ。木が倒れて草が潰れた。
岩を避けた敵が、やや離れたところに固まった。
今度はそこを目掛けてもうひとつの岩を投げた。
ふたたび悲鳴があがる。
今度は確実に人を潰した。
二人が
死んでいる。確認しなくても分かった。小太郎の投げた大岩に潰された二人は、死んでいる。
小太郎は動き方を忘れた。
岩を投げるときに前へ突き出した両腕を、引っ込めることができない。足も動かなかった。足の裏から杭を打ち込まれてでもいるかのように、膝を曲げることもできない。胴体もそうだ。前に屈むことも後ろに反り返ることも、また
全身が、硬直していた。
殺してしまった。左手のほんの少しの動きで。それも二人をも――その事実が黒い感情となって胸に湧いた。感情は膨れあがり、体の内側を満たす。
殺してしまった。でもそれは自分が望んでいたことなのだと思い直した。
泉邑へ偵察に行く途中。木の枝に
天下を獲ること。
自分の怪力と弥二郎の知恵で、天下に名を
だが、天下を獲るということは、立ちふさがる敵を倒すということだ。そして倒すということは――。
人を殺すということだ。
分かってはいた。分かってはいたが――。
人があげる悲鳴を聴き、血反吐を吐いて倒れている姿を見るまで、それを現実感を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます