「その通り。もし突破されそうになったとしてもこっちには崖がある」

 道の両側に立ち上がる崖に指先を向けた。平邑を盆地足らしめているその崖は、邑を円状に取り囲んでいる。普段は交通のさまたげにしかならないその崖が、今は防御壁となっている。越えられない壁ではないが、超えるにはかなり困難な高さだ。

 その防御壁が唯一崩れているところ。それが、泉邑へ続く道だ。

「いざとなれば岩でこの道を塞いでしまえば敵は手も足も出せなる。俺たちは敗北はない」

 弥二郎は邑人を待たずに動いた。自ら壁に背中から張り付き、崖の切れ目から敵を伺う。

 そして帯に差していた無数の釘の中から一本抜き、敵に向かって投擲とうてきした。

 ぎゃ、という声が聞こえた。

「倒したぞ」

 弥二郎はあえて大袈裟になのか、邑人たちの方を向いて拳を突きあげてみせた。

「次は私だよ」

 雛若が矢筒から矢を三本抜いた。地面に腹這はらばいになり、続けざまに放つ。

 悲鳴が三度、聞こえた。

「俺だって負けちゃいねえぜ」

 喜三郎は近くに生えていた木に登ったかと思うと、こちらに背中を向けた。

 衣のすそまくりあげる。

 秋晴れの空のもと、水の滴る音が響いた。同時に、今までいちばん大きな悲鳴が敵から聞こえてきた。

 平邑の人々の間に、どっと笑いが起こった。

 それまで逃げ腰だった邑人たちが、急に活気づいた。手に手に石を握り、木の枝を持ち、あるいはあらかじめ用意されていた煮え湯を釜から柄杓ひしゃくすくい取り、崖の裂け目に殺到する。

 同時に手にしているものを斜面の下へ投げた。

 敵から悲鳴があがる。

 負けていられない――小太郎は思った。

 泉邑の様子を見に行く最中、木の枝から見渡した広大な景色を、小太郎は忘れていない。いつかは弥二郎と共に旅に出て、自分の力と弥二郎の知恵で天下を獲る。そのときには、もちろん雛若も一緒だ。喜三郎は来てくれるかわからなかったが、来てくれるなら拒むつもりはない。むしろ歓迎する。小太郎はそのつもりだ。

 この戦いは、その夢の第一歩になると小太郎は思った。旅に出る前に、ここで自分の怪力を見せつけてやるのだ。

 小太郎はあたりを見渡した。

 やや離れたところに、大きめの岩があった。縦横奥行き一しゃくほどの角張った岩だ。重さは一きんといったところか。

 それが二つある。

 小太郎は岩に駆け寄った。右手と左手に、一つずつ岩を乗せる。

「最後はおいらだ」

 雄叫びをあげつつ駆け戻った。

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