4・この戦いの意味

 敵が登ってくる。

 小太郎を含めた邑人たちは、泉邑へ繋がる道を見下ろしていた。

 道幅は約一けん。大人二人がようやく並べる程度の広さだ。

 路面は悪い。木の根が飛び出し岩が頭をのぞかせている。凹凸も激しい。加えて道の両側は密度の濃いやぶだ。

 その悪路につまづき、あるいは転びながらも、泉邑の人々は確実に距離を縮めていた。まとったよろいをがちゃがちゃ鳴らし、手にした武器を掲げ、雄叫びをあげながら迫ってくる。

 迎え撃つ平邑の人々はおののきを見せていた。

 老人は後じさり、若い男は歯をがちがち鳴らしている。若い女が顔を青くし、老婆が尻餅をついていた。

 このままでは迎え撃つ前にみんなが逃げてしまう――小太郎は早くもそんな恐れを抱いていた。たとえ全員が逃げようとおいらだけは逃げないと小太郎は決意していたが、それで勝てるかと言われれば答えは否だった。いくら怪力を持っていようが取り囲まれては抵抗できない。

 まずいな、と小太郎が思ったときだ。


「みんな逃げるんじゃないよ」


 勇ましい声とともに、雛若が姿を現した。

 暖暖丸を着込んだ雛若は、手に弓を握っていた。矢筒を背負い、腰に剣をげている。長さ一寸ほどに切った髪が勇ましい。

 怯えていた邑人たちが、その姿を見て感嘆かんたんの声をあげた。

 その邑人たちを雛若が押し分けて先頭に立った。そして敵が登ってくる道を指差して、よく見てごらんと言った。

「私が言ったとおりだろ。敵の隊列は縦に伸び切ってる。仮に戦闘状態になったとしても一度に相手にするのはせいぜい三人ってところだ。それに対してこっちは何人いる」

 全員を見渡す。数え切れないくらいいるねと雛若は言った。

「負けるわけがないよ」

 しかし邑人たちはいまいち奮い立たない。明らかな動揺は引いているが、積極的に戦おうという姿勢もまた見られない。

 戦いを恐れているからだが、理由は他にもあった。

 雛若という人間だ。

 まだ若くて短気な、経験の浅い邑長のことを、とくに老人は日ごろからあざけっている。いくら勇ましかろうと、いくら正論だろうと、未熟な人間の言葉を、邑人の多くは信じていない。もちろんひとりひとりに確認したわけではないから本音はわからないが、おそらく間違いないだろうと小太郎は思っている。

 そんな邑人たちを鼓舞しようと考えたのか、今度は弥二郎が声をあげた。

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