「なんでだよ。簡単な気がするけどな」

 小太郎は弥二郎に訊く。やれやれと弥二郎は背中で手を組み空を見上げて語った。

「それができたらとっくにそうしているさ。でもできないんだよそれが。雛若さまには」

「だから、なんで」

「今朝も聴いただろう。泉邑の別水彦わけみずひこと雛若さまは幼馴染なんだよ。雛若さまだけじゃない。その先代の邑長も、その代からここに住んでほかの邑人も、元はと言えばみんな泉邑の出身だ。その泉邑を壊滅させるってことは、すなわち自分たちの故郷を壊滅させるってことになる」

 鎮痛な声でそう言って、だからできねないのだと弥二郎は締めくくった。しかし一転、弥二郎は表情を明るくして小太郎を見た。

「――と俺は想像しているわけだ」

 そして雛若に歩み寄り、

「敵と親しいなどという妄言もうげんを吐いたことをお許しください、雛若さま」

 とやや頭をさげた。

 雛若は、らせていた顔を戻した。いいよ別にと笑みを浮かべる。

「それより三人とも、頼んだよ。すぐに着替えて道の封鎖に向かっておくれ」

 おう、と三人は声をそろえた。


 ◆


 喜三郎たち三兄弟はよろいを着ない。

 三人の武器は鎌と釘と力――そして速さだ。鎧を着るとその重みで、武器のひとつである速さががれてしまう。鎧を着ないのはそのためだ。と言って防具を身に着けないで戦うのは危険にすぎる。

 そこで三人は、普段の着物から、獣の革でできた厚手の衣に着替える。

 着替える場所は雛若の屋敷の一画にある。そこで、弥二郎と喜三郎は着替えていた。

 その部屋に、小太郎だけがいなかった。

「俺、わかったぜ」

 衣を着け終えて、喜三郎は言った。

「何がだよ」

 帯を締めながら弥二郎が訊く。

 小太郎の秘密だと喜三郎は答えた。

「俺たちがここでこうやって着替えるとき、あいつだけいつも別室で着替えてる。なぜなのかずっと考えてたんだが、その答えが今わかった」

「俺もそれは気になってたが、答えはわからんな。おまえの出した答えは何だ喜三郎」

「小太郎、あいつ本当は――」

 顎に指をを添えて喜三郎は答えた。


「――女なんじゃないか」


「はあ?」

 弥二郎は首を突き出して口を半開きにした。

「違うと思うか弥二郎」

「あの怪力だぞ。さすがにないだろう」

「いいや俺はあると見た。俺たちは三兄弟とは言うものの、血がつながっているわけじゃない。孤児みなしごだったのを先代の村長が拾ってくれたことで一緒に育った、いわば義兄弟。互いに知らないことだってあるだろう」

「それはそうだけど――」

 それだけじゃないぞと喜三郎は弥二郎の発言を遮った。

「幼い頃からずっとに遊んでいたが、湖で泳ぐとき、それから体を洗うとき――つまり裸になるときだけは小太郎は一緒じゃなかった」

「言われてみればそうだな。もしや本当に――」


 ◆


 脱ごうとした着物が引っかかった。

 引っかかったのは脇腹だ。

 小太郎は脇腹を触った。

 他の部分と違って、そこだけ色が違う。黒みを帯びた緑色になっている。しかも硬い。乾いて水気のないその皮膚はひび割れており、その罅のひとつひとつが剥がれるように反り返っている。触ってもなにも感じない。

 やまいのせいだ。

 前世でのむくいが今の小太郎の体に出ているのだ。見つかれば誰にどうされるかわからないから、ずっと隠している。

 だがそうと知りつつ、先代の邑長は小太郎を育ててくれた。

 はじめは隠していたが、そのうちに他の邑人たちに見つかった。

 懸念けねんは現実となった。

 当時、まだ泉邑のいち邑人だった先代の邑長は、他の邑人から迫害を受けた。小太郎も石を投げられた。雛若は殺されかけた。

 しかし邑長はそれでも小太郎を捨てなかった。

 そして――。

 邑長と雛若と小太郎は、山の上に登り、平邑の基礎を作ったのだ。

 弥二郎と喜三郎が引き取られてくる前のことだった。

 小太郎は脇腹の皮膚に引っかかった着物を力づくで剥ぎ取った。

 この病さなければ――という、ぶつけどころのない悲しみが湧いてきた。

 いつもの、ことだった。

 小太郎は衣をまとい、帯を締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る