「それだけじゃない。この戦いには邑の存続がかかってるんだ」

 雛若は奥の部屋へ引っ込んだかと思うと、赤い布を持って戻ってきた。

 布は、袖なしの半纏はんてんだった。

 おお、と従者が上半身をらせる。

「その半纏は――」

「分かったようだね。そう、これこそ私の家に代々伝わる秘宝」

 雛若は半纏を眼の前にかかげた。

「風の寒さはあなたの友達、雪の冷たさはあなたの恋人、冬が楽しみになる半纏。その名も――」


 暖暖丸だんだんまる――。


「薄い鉄板が内側にい込まれているから凶器からも身を守れる優れものだ。本当ならどんな大金にもえられないところだが今なら特別にきんかんでのご提供」

 どうだい、と従者に差し出す。

おそれ多くございます」

 従者は固辞した。冗談だよと雛若は言って、自らその赤い半纏――暖暖丸を着込んだ。

「戦いには私も参加する。戦い方と一緒にそのことも邑人に伝えておくれ」

かしこまりました」

 従者は一度平伏へいふくしてから、屋敷を飛び出していった。

 雛若は止まらない。従者が去ると同時に階を降りて小太郎たちの前に立った。

「みんな、よく報せてくれたね。助かったよ。帰ってきたばかりで疲れてると思うけど――」

「分かってるよ」

 小太郎は立ち上がり、おいらたちにも戦ってほしいってんだろと言った。やってくれるかいと雛若は眉を寄せる。気遣っているのだろうと小太郎は察した。

「当たり前さ。なんたって俺たちの役目は雛若さまを守ることだからな。ここで戦わなかったら単なる恩知らずになっちまう」

 弥二郎も立った。

「そういうことです雛若さま。たしかに泉邑の勢いは凄まじいものでした。真正面からぶつかって勝てる相手とも思えない。ですが雛若さまの言う戦い方なら負けません。勝てないかもしれませんが負けもしません。充分に戦う価値がありますよ。敵を寄せ付けないことが第一義なら、俺の釘投げが役に立つでしょう」

 最後に喜三郎が立った。

「だったら俺は、万が一に備えて、邑に侵入してきた敵を斬り裂いてやる」

 腰にぶら下げている鎌を取って見つめる。

「でも、もっと簡単に済ましちまえばいい気もするんだけどなあ」

 小太郎は頭の後ろで手を組みながら、気にかかっていたことを口にした。簡単にってどうするつもりなんだい、と雛若が尋ねる。

「わざわざ向こうが来るのを待って戦わなくたってさ、湖の水を流しちまえばいいじゃんか。そうすれば泉邑なんて一網打尽だよ。戦う必要もない。もともとそれで揉めてたんだし、攻めて来る相手のことなんて考えてやる必要はねえよ」

「それは――」

 雛若は小太郎から顔をらせて、できないよと言った。

「なんでだい」

 小太郎は雛若の顔を覗き込もうとしたが、できなかった。途中で弥二郎に肩を引っ張られたのだ。

「それは追求してやるな小太郎」

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