3・風雲急を告げる

 雛若ひなわかの指示は早かった。

「こちらも戦支度いくさじたくをするように」

 泉邑が戦支度をしているという報告を小太郎たちがもたらすとほぼ同時に、雛若はそばに片膝をついてひかえていた従者にそう命じた。

 従者の顔は青褪あおざめていた。雛若の命令に返事をせず、もごもごと口を動かすばかりだ。

 その様子を、小太郎は地面に膝をついて見ている。

 雛若の屋敷の前だ。ほかの邑人の住居と違って、雛若の屋敷は地面から浮いていた。多くの住居は地面に掘った穴の上にかやいた屋根を乗せているだけなのに対し、雛若の屋敷は地面に立てた柱の上に床を張り、壁を立てて屋根でふたをしている。広さも、ほかの邑人の住居の三倍はある。

 床が高いので、屋敷に入るためのきざはしもうけられている。

 小太郎がひざまいているのは、その階の前だ。

 弥二郎と喜三郎も並んでいる。

「何を言っているのか聞こえないよ。言いたいことがあるならはっきり言いな」

 雛若が、青褪めた従者を叱咤しったした。ひ、と従者は短い悲鳴をあげたあと、息を呑んで、

「されば」

 と言った。まだ声は上擦っているものの、さっきよりは落ち着いたらしい。従者は雛若の命令に対する懸念けねんを伝えた。

「邑人のほとんどは老人ばかり。若い男は数が少のうございます。とても戦いにはならないかと」

「そう思うかい?」

 雛若はなぜか笑顔をつくった。それに不信を抱いているのか、違いましょうかと従者は尋ねる。違う違うぜんぜん違うよと雛若は明るく答えた。

「いいかい。戦いと言ってもこちらから攻め込む必要はないんだ。防ぐだけでいい」

「防ぐだけとはいえ――」

 まあ最後まで聞きなよと雛若は従者の言葉を遮った。

「平邑と泉邑を繋ぐ道は一本だけ。守るだけなんだからその道を押さえればいい。しかもその道は狭い。相手の隊列はどうしても縦長になる。だから相手がどんな大人数だろうと、こっちはその先頭から順番に倒していけばいいだけのこと。さらに――」

 雛若は人差し指を立てて続ける。

「平邑は山の頂上。攻めてくるなら斜面を登ってこなけりゃならないんだ。上から投げ落とせるものがあればそれらはすべて武器になる。矢はもちろん、丸太でも岩でも熱湯でも、糞や小便だって武器になる。そういったものでまずは敵を近寄らせない。それをかいくぐって近づいてきたやつだけを剣や槍で撃退する。それだけで邑は守れる」

 それでも戦いにならないと思うかい、と雛若は最後に従者に問うた。

 青褪めていた従者の顔には、血の色が戻っていた。

「それなら、いくらかは希望もありそうですな」

 従者は低い声で、しかし強く答えた。分かったようだねと雛若は笑みを向ける。

「分かったら早く邑人全員に伝えな。戦える者は武装して泉邑に続く道を塞ぐようにってね。戦えないものは木をったり湯を沸かしたりしていくさの援護をするように言うんだよ」

「は」

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