嫌な予感がした。

 肌が粟立あわだつ。身も震えた。心がきつく縛られるような感覚にも襲われた。その感覚は間違いなく恐怖だった。だが不思議なことに、恐怖を超える興奮をも小太郎は感じていた。

 おののきとたかぶり。相反あいはんする感情を掻き立てるこの雰囲気は――。

いくさだな」

 弥二郎が言った。そうだと小太郎も思った。

 だろうな、と喜三郎もうなずく。

「この音は鎧をまとった者が動く音だ。武器も持っているだろう。声は訓練のものだ」

 弥二郎も喜三郎も、声を抑えていなかった。普段通りの声で話している。泉邑から聞こえてくる声と音の方が大きいから、多少の物音では気づかれないと思っているのだと小太郎は察した。

「だったら、おいらがこの場でとっちめてやらァ」

 小太郎も物音を気にすることなく立ちあがった。今まで忍んできたことなどとっくに忘れていた。

 立ちあがった小太郎は、背後の岩にしがみついた。岩を持ちあげて、泉邑のど真ん中に投げ飛ばしてやろうと思ったのだ。そうすれば戦になる前に泉邑を潰すことができる。

「よせ」

 弥二郎が、そでを引っ張った。今まさに岩を持ちあげようとしていた小太郎は、意気をくじかれた。

「なんだよ」

 不貞腐ふてくされて動きを止める。

 あんまり短絡的たんらくてきなことはしないほうがいいと弥二郎は言った。なんでだよと小太郎は抗議する。

「攻めてくるまで黙って見てろってのかよ」

「そうじゃない。平邑にはおまえという怪力の持ち主がいることを向こうだって知ってるんだ。今朝、よりによって泉邑の邑長を相手に思いっきりそれを見せつけてしまったしな。その上で泉邑は戦支度をしてるんだ。怪力を持つ敵に対抗する手段くらい考えてあるだろう」

 その通りだなと喜三郎も弥二郎の意見に賛成した。

「どんな罠があるか分かったものじゃない。それに、俺たちの役目はあくまで泉邑の様子を見てくることだ。まずは雛若さまにこのことを伝えるのが先というもの」

 小太郎は、開放しかけた力を抑え込んだ。

「わかったよ。じゃあ、戻ろうぜ。平邑へ」

 えて先に立って歩き出した。来たときと同じく、道は使わずに森の中を進んだ。

 地面が平地から斜面に差し掛かったところで、後ろから弥二郎に、

「力をふるえる機会きかいはいつでもあるから楽しみは取っておけよな」

 と言われたが、行き場を失った力と闘志は小太郎の体内にもやもやと籠もっていて、それが小太郎には苛立いらだたしく感じられた。

 背後から聞こえる掛け声は、いよいよ猛々たけだけしさを増していた。

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