その仲間に喜三郎は加わらなかった。今までがそうでも、これらもそうだとは限らない。そうであればいいと思うが、それがかなわなかったときのことを考えると、距離を縮めることに喜三郎は恐怖を感じる。

 しかし喜三郎はそれを口にしなかった。この話を断ち切る意味も込めて、小太郎に訊いた。

「それより今は泉邑だ。小太郎、向こうの様子はどうだった」

 小太郎は肩を組み合っていた弥二郎から離れて、喜三郎の問いに答えた。

「とくの可怪おかしいところはなかったぜ」

 泉邑の人たちが稲刈りをしていたこと。遊び回る子供たちがいたこと。

 そして邑の手前だけが見えなかったこと。

「ならばもう少し進むしかないか」

 喜三郎は息を吐いた。森の中をまだ進まなければならないのかと思うとうんざりする。そんな喜三郎の思いを読み取ったかのように、小太郎が言った。

「なァに、あともう少しの辛抱さ」

 その言葉を最後に、三人は黙り込んだ。

 黙々と森の中を進む。もちろん足音はしなかった。

 徐々に木の密度が薄くなってきた。地面もなだらかになっていく。

 やがて前方がひらけてきた。

 まばらになった木立の向こうに、泉邑が見えた。


 先頭を歩いていた小太郎は、再び足を止めた。

 森が切れるまであと、およそ一丈。

 密集する家々の一軒一軒、行き交う人々の顔の一つ一つが、草木の合間からも明確に見分けられる。

 見えるということは、見られるおそれもあるということだ。

 幸い、まだ小太郎たちは邑人たちから気づかれていない。だが、それは小太郎たちが隠れているからではない。だ。

 小太郎はそう自覚していた。もし一瞬でも視線を向けられれば――たとえ視点がずれていたとしても――視界に入っただけで気づかれてしまう。

 もし気づかれたら、どうなるかわからない。

 小太郎は、左右に眼を走らせた。

 右手に――。

 岩があった。

 縦横一間はあろうかという巨岩だ。

 小太郎はそっと振り返った。

 岩の方向へ人差し指を向ける。あの陰に隠れようという意思表示だった。

 背後の二人は黙って頷いた。

 小太郎は進路を変えた。

 前進をやめ、横へう。

 じりじりと巨岩に近寄る。

 んだ。

 巨岩の裏へ転がり込む。

 三人同時だった。

 すぐさま体勢を整えた。巨岩に背中を向けて片膝をつく。

 静止した。

 耳を澄ます。視線を散らす。

 誰もいなかった。

「ふう」

 体から力が抜ける。岩に背中をつけて、ずり落ちるように地面に尻をついた。

 小太郎の両脇に、弥二郎と喜三郎も座った。

 顔を見合わせた。

「見つからずに済んだな」

 喜三郎が薄く笑った。

「そうだな」

 弥二郎も息をく。

「危なかった危なかった」

 小太郎も頬が緩むのを感じた。

 緊張が解けたおかげか、邑から聞こえる物音や声に注意を向けることができた。

 硬いものがぶつかり合う音がする。

 猛々たけだけしい、それでいてそろった掛け声が聞こえてくる。

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