それを喜三郎が、冷めた態度でたしなめる。

「木に登ったのは物見のためだったはずだ。それが景色に見惚みとれてどうする」

 しかし小太郎は胸の昂りを抑えられなかった。込み上げて止まらない思いがあふれる。

「だって大地がどこまでも続いてんだぜ。もう一生かけて歩いても到達できないくらいまで広がっててさ、その先に見える山並みなんか、糸が横に伸びているくらいにしか見えない。それだけ遠くにあるってことだ。おまえも木の上から見てみろよ喜三郎。そしたら分かるぜ、世界の広さが」

 興奮する小太郎に、弥二郎が共感を示した。

「ま、俺たちはずっと平邑のせまい世界で過ごしてきたしな。外に出るのも悪くないかもしれない」

 思わぬ援護に、小太郎はそうだろとこたえた。

「旅に出て世界のいろんな力自慢相手に、力比べをしてみてえなァ」

「してどうする」

 喜三郎が訊く。

「平邑いちばんの力自慢から、世界一の力自慢になるのさ」

 顔をあげて拳を握りしめる。

「その旅、俺も同道したいものだ」

 弥二郎が便乗した。

「おまえの目的はなんだよ」

 喜三郎が弥二郎にきいた。

 知恵自慢だと弥二郎は答えた。

「俺はそれほど力もないし、喜三郎にも小太郎にも戦いではかなわない。でも、ここは違う」

 弥二郎は人差し指で自分の蟀谷こめかみつついた。

「知恵比べだったら誰にも負けない。この知恵を活かして世界の頂点に立ってやる」

「じゃあおいらの力とおまえの知恵で天下獲ろうぜ」

「いい考えだな」

「おいらと弥二郎なら夢じゃねえや」

 小太郎と弥二郎は両手を組んで高笑いした。


 一方、そんな二人から喜三郎は距離を取っていた。背中を向けて遠ざかり、ちょっと待ておまえらと止める。

 高笑いが止まった。

 喜三郎は振り返って二人をさとす。

「俺たちの役割は雛若さまの護衛だ。旅になんて出たらその役割が果たせないだろ。孤児みなしごの俺たちを拾って育ててくれたのは先代の邑長だ。その娘の雛若さまにも恩はある。それを忘れたのか」

 忘れるわけねえだろと小太郎が言った。じゃあ旅になんて出られないだろと喜三郎は指摘する。そんなことねえよと小太郎が親指で鼻をはじいた。

「雛若さまも一緒に旅に出れば役割も同時に果たせるってもんだ」

「冗談じゃない。話にならん」

「いや、あながち冗談でもないかもしれないぞ」

 弥二郎が割り込んだ。どういうことだと喜三郎は訊く。

 弥二郎が答えた。

「もともと平邑は人が住むのに適した場所じゃない。俺たちを拾った先代の邑長が泉邑の人々に厄介者扱いされて、少ない仲間と共に逃げ込んで仕方なく住みはじめたのが平邑の始まりだ。今だって決して住みやすいわけじゃない。これをきっかけに邑人が他の土地に行くことを考えてみるもの手かもしれない」

「そんな手間のかかることはできねえよ」

 喜三郎はあくまで考えを変えなかった。

 弥二郎が誤魔化すように言った。

「まあ、何がどうなろうと俺たちは一緒だ。生まれたときからずっとそうだったし、これからもそうだ」

 そうだそうだと小太郎が陽気に弥二郎と肩を組む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る