2・蒼天に猛る

 空がまるくなかった。

 小太郎は木の枝にまたがって景色を眺めている。

 真下には森が、その先には大地が広がっている。池も川もある。道が伸び、家が建っている。人々がせっせと稲を刈っている。そのどれもが、てのひらで握りつぶせるほどに小さく見えた。

 空は、見える限りの景色をすべて包んでいた。

 山頂の盆地にある平邑たいらむらから、小太郎はほとんど出たことがない。そんな小太郎にとって空は、せいぜい頭の上にまるく浮いているもの――くらいの認識だった。それが今は違う。円くない。浮いてもいない。空は巨大な半球状で、大地にかぶさっている。

 地上のすべては空の中にある。家も人も森も、小太郎自身も空の中にいる。

 もちろん知らなかったわけではない。だが空の深さ、世界の広さを実際に見て感じたのは、久しぶりのことだった。


「おおい、なにか見えたかあ」


 木の根元から届いた声に、小太郎は我に返った。喜三郎の声だった。

 空の大きさと世界の広さに魅入っていた小太郎は、思い出した。今は遊んでいるときではないのだと。雛若ひなわかの言いつけで、泉邑いずみむらの様子を探りに行く最中なのだと。

「ああ、今見てるよ」

 木の下に向かってそう答えた。景色の彼方へ向けていた視線を下げる。

 真下には森が茂っている。小太郎たちが平邑を出てからずっと歩いてきた森だ。急峻な山肌はすべて森に覆われている。森の中には道もあるが、三人はあえて森の中を突き抜けてきた。道を使えば、見つかってしまう恐れがあったからだ。

 その森が、およそ三ちょうほど下ったところで途切れている。

 その先に、泉邑はあった。

 平邑と違って土地が豊かだ。家も人も多く、田畑も広い。黄金色の稲が風になびいている。大人は手に手に鎌を持って実りを刈り集め、子どもたちは遊び回っている。

 異常はなかった。見えている範囲においては。

 小太郎から見えるのは、泉邑の向こう側半分だけだ。手前半分は森の木々に遮られていて見えない。そこまで見なくては、雛若に報告はできない。

 小太郎は枝から飛び降りた。

 高さはおよそ六けん

 着地した。

 足音はしなかった。

 森の中だ。

 重なり合う木の枝の合間から降り注ぐ陽光が、地面に斑模様まだらもようを描いている。

 小太郎が登っていた木の幹に、弥二郎と喜三郎が寄りかかっていた。

「いい景色だったぜ」

 小太郎は背伸びをするように両腕を頭上に突き上げて、胸の高鳴りを吐き出した。

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