三人が揃って身を乗り出す。

 雛若は答えた。


「ない」


 三人がった。

 じゃあ負けちゃうじゃんかよと小太郎が呆れ顔をつくった。

「本当に攻めてきたらどうすンだよ」

 しょうがないだろと雛若は答えた。

「ああでも言わなきゃ、向こうはつけあがる。つけあがったら本当に攻めてくるかもしれない。だから脅しあげるしかなかったんだよ。こっちが何か秘策を持っていると匂わせれば、向こうも警戒して下手に手を出せなくなるだろ」

「なァんだ、ってやつか」

 喜三郎が冷めた顔つきで言った。

「邑を守るためにはどんなことでもするのサ」

 たとえ格好悪いことでもね、と雛若は喜三郎が胸の内で思っているだろうことをあえて言葉にした。喜三郎は答えない。胸の内を見透かされて悔しがっているのかもしれない――喜三郎の心の動きをそう読んだ雛若は、気分を変えてやるために明るく言った。

「それにしても別兄と会ったのが神社で良かったよ。家の中じゃあ逃げ場がないから、あの鉈で本当に斬り殺されていたかもしれない。神社だったから、身を隠していた三人に守ってもらえた」

 感謝してるよ、ありがとうと頬を吊り上げ、口を横に開いた。そうすればとびっきりの笑顔をつくることができると雛若は知っている。

 横一文字に結ばれていた喜三郎の唇が、ほんの僅かに三日月型にたわんだ。

「頼ってくれていいぜ」

 小太郎が胸を張った。雛若さまをまもるのがおいらたちの役目だからなと誇らしげに言う。

 喜三郎と小太郎が喜んだ様子を見せる中、弥二郎だけが深刻な顔をしていた。

「どうした、弥二郎」

 声をかけると、妙だと思いませんかと逆に問い返された。何がとさらに訊くと、間合いですと弥二郎は答えた。

「間合い?」

「別水彦が会いに来た間合いです。雛若さまは毎日この神社に参詣をしていますが、それを外部の人間に言ったことはありますか」

「いや、ないけど」

「だとすると、もし外部の人間が雛若さまに会おうとするなら、はじめに屋敷へ向かうはず。なのにどうして神社こっちへ来たのか」

 やはり可怪おかしいとつぶいて、あごつまむ。

 その疑問に、小太郎が答えた。

「いったんは屋敷に行ったんじゃないか? それで神社に行ってるって聴いてこっちへ来たのかも。そう考えればなにも可怪しくなんてないぜ」

 しかし弥二郎は納得しなかった。それはそれで問題だとさらに深刻げな顔をする。

「邑の中の人間ならいざ知らず、外部の、それも敵対関係にある泉邑の邑長にそう簡単に居場所を教える者が屋敷にいるのなら、不用心にもほどがある」

「考えすぎなんだよ弥二郎は。聞けばは雛若さまの幼馴染って話じゃないか。そんなにぴりぴりすることはねえよ」

 小太郎は気楽な調子でそう言った。だが雛若は、これに関しては弥二郎が正しいと判断した。幼馴染という関係はあくまで昔の話。今は敵だ。命こそ助けたが、油断していい相手ではない。

 もし屋敷の者が雛若の行き先を漏らしたなら、それは厳しく注意する必要がある。だが問題は――。

 屋敷の者が誰も漏らしていなかった場合のことだ。

 誰も雛若の行先を別水彦に告げていないのなら――そして、そもそも別水彦が屋敷を訪ねておらず、直接この神社を訪れたのなら――。


 


「みんな」

 雛若は口調を改めて少年たちを呼んだ。雛若のまわりを適当にほっつき歩いていた三人が、一瞬で雛若の前に整列した。

「泉邑へ行ってくれないかい。なにか企んでいるかもしれない。もし変化があったらどんな小さなことでもいいからしらせておくれ」

「合点」

 喜三郎があごを引いた。

「かしこまりました」

 弥二郎が目礼もくれいをする。

「任しときな」

 小太郎が胸を反り返した。

 次の瞬間、三人の姿は消えていた。

 杞憂きゆうならいいのだけど、と雛若は思い、同時に、杞憂であってくれと願った。

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